令和の横浜使節団 富士吉田編 フォトレポート

令和の横浜使節団 富士吉田編 フォトレポート

「令和の横浜使節団」は、まちづくり・デザイン・ものづくり・文化などをテーマに横浜の人々が他都市を訪れ、その地の人々や文化と交流し、学び得た知見を横浜にフィードバックするプログラムです。

横浜・みなとみらいの造船ドック跡地に位置する大人のためのシェアスペースBUKATSUDOを運営する株式会社リビタと、アーツコミッション・ヨコハマの共同企画として2023年度より始まりました。

名前の由来は、1871年に横浜港から出航した岩倉具視を全権大使とする「岩倉使節団」。諸外国の優れた文化や技術を学び持ち帰った志や、旅立ちを支えた横浜の文化・背景を継承する、学びの旅です。2023年に新潟編、2024年に信州編(長野市、上田市)と富山編、今年2025年5月には結城編(茨城県)を実施しました。

そして2025年12月12日、5回目となる今回は、山梨県富士吉田市を訪問し、FUJI TEXTILE WEEKを視察しました。FUJI TEXTILE WEEK は、富士吉田市の伝統産業である織物産業をテーマとした個性的な芸術祭です。芸術祭会場となっている富士吉田の街を歩きながら、地域の魅力と芸術を結びつけるアートイベントの在り方について学びました。

なお、FUJI TEXTILE WEEKのホームページでは、出展作家のステートメントやキュレーターのコメントに加え、芸術祭関係者やアーティストなど様々な人が自由にテキスタイルについて語るコラム「布と言葉」など充実したWEBコンテンツが展開されています。

FUJI TEXTILE WEEK事務局長の八木毅さんは「布と言葉」はしがきのなかで、布(Textile)と言葉(Text)がどちらも「編む」(texere)という言葉から派生した同根語であることを挙げながら、テキスタイルの魅力を広めるための言葉(テキスト)の重要性を強調しています。芸術祭の一つの側面として、本レポートとあわせてぜひご覧いただきたいと思います。

富士吉田の街歩き

今回の使節団メンバー16名が下吉田駅に集合しました。富士吉田の中心部に近いこの駅は、閉幕の迫るFUJI TEXTILE WEEKの来訪者や富士山を間近に見ようという国内外の観光客で午前中から賑わっています。

特定非営利活動法人かえる舎代表理事の斎藤和真さんに富士吉田の街を案内していただきます。慶應義塾大学で地域活性化について学んだ斎藤さんは、富士吉田市と慶應義塾大学が連携協定を結んでいる縁で、地域おこし協力隊に着任しました。かえる舎では、小中高校生に地元への愛着を持ってもらう教育プログラムを実施しています。

斎藤和真さん

この日は最高の富士山日和。斎藤さんによれば、これほど綺麗に見えることは珍しいとのこと。富士吉田市は市域の大部分を富士山が占めています。富士吉田市役所内でFUJI TEXTILE WEEKを所管しているのは「富士山課」。富士山に関わる施策(山小屋の管理等)と観光施策の両方を一つの課が担うのも、富士山を頂くこの街の特徴です。

富士吉田の中心部を通る「富士みち」(本町通り)には、オーバーツーリズム対策として2024年に新設された市営駐車場と併設の公衆トイレがあります。こうした施設もカラフルな織物に彩られており、観光公害の問題も前向きに解決していくという意志を感じます。

駅前の通りに立ち並ぶ老舗の商社や工場、神社など一つひとつ斎藤さんに詳しく説明していただきながら歩いていると、あっという間に昼食会場に着きました。

昼食は富士吉田市の名物「吉田のうどん」。日本一硬いと言われるほどコシの強いうどんですが、実はここにも伝統産業が深く関わっているとされます。織物産業に従事していたのは主に女性で、手が荒れないよう水仕事を避けたため、富士吉田では屈強な男性が生地を練ったことで硬いうどんが誕生したそうです。地場産業が食文化にも影響を与えているということを感じさせる一杯です。街歩きで冷えた身体も暖まり、いよいよFUJI TEXTILE WEEKの視察です。

富士吉田市とFUJI TEXTILE WEEKについて

元製氷工場をリノベーションしたギャラリーFUJIHIMUROに移動し、レクチャーをしていただきます。はじめに令和の横浜使節団をACYと共同企画している株式会社リビタの土山広志さんから本事業について説明し、斎藤さんからは改めて富士吉田市について、まちづくりの視点から解説していただきました。

富士吉田市は富士山の北麓に位置し、登山・観光の玄関口として知られる一方で、千年以上続く織物産地としての歴史を持つまちです。市内、とりわけ下吉田周辺には、かつての機屋や商家、工場建築が点在し、産業の記憶と人々の暮らしが重なり合う独特の情景が残っています。こうした背景のもと、織物の産地らしさを来訪者に開き直す試みとして、下吉田エリア一帯で行われるマーケット型イベント「ハタオリマチフェスティバル(通称ハタフェス)」がはじまったのは2016年のこと。斎藤さんと同様に大学での取り組みをきっかけに地域おこし協力隊として活動をはじめた合同会社OULOの赤松智志さんが運営の中心的な存在です。テキスタイル製品のマーケット、まち歩き、音楽やワークショップなどを通じて街全体を会場としてイベントを展開する実践が積み重ねられてきました。斎藤さんのレクチャーでは、2021年にFUJI TEXTILE WEEKがスタートする素地となるこうした取り組みについて教えていただきました。

その後、株式会社DOSO代表の八木毅さんとエヌ・アンド・エー株式会社部長の新居音絵さんにFUJI TEXTILE WEEKについて説明していただきます。八木さんは芸術祭の事務局長、新居さんはプロジェクトマネージャーを務めています。

八木さんは財団法人みんなの貯金箱財団(現ふじよしだ定住促進センター)のデザイナーとして約10年前に富士吉田市に移住し、宿泊施設「SARUYA HOSTEL」を皮切りにカフェ「FabCafe Fuji」やアーティスト・イン・レジデンス「Saruya Artist Residency」など観光に関わる様々な事業を手掛けています。

八木さんがFUJI TEXTILE WEEKを発案するきっかけとなったのは、コロナウイルスの流行により富士吉田市の機屋が東京での展示会に参加できなくなり、販路開拓の機会を失ったことでした。東京で商品を見せるよりも実際に富士吉田に足を運んで見てもらう方が深い理解を得られるのではという考えもあり、文化庁の補助金(上質な観光サービスを求める旅行者の訪日等の促進に向けた文化資源の高付加価値化促進事業)も活用し、富士吉田市の後援も受けながら、2021年にはじめての開催に漕ぎつけました。2022年からは富士吉田市が主催となり、企画を担う実行委員会をサポートしています。

つづいてエヌ・アンド・エー株式会社の新居さんからはFUJI TEXTILE WEEKの企画面について解説していただきました。日本を代表するキュレーターの一人、南條史生さん(エヌ・アンド・エー株式会社代表取締役)が芸術祭の初期からディレクターを務めています。

FUJI TEXTILE WEEKのコンセプトである織物産業と芸術の融合は、「産業をテーマにした芸術祭はなかなかない」こと、「布や織物とアーティストには親和性がある」ことから実現したといいます。また、空き家や使われていない工場を清掃、塗装して会場にするといった取り組みは、街のリノベーションにもつながっています。

2023年までは毎年開催されていたFUJI TEXTILE WEEKですが、今回からはビエンナーレ形式(隔年)での開催となりました。それにより、企画・運営面でゆとりを持つことができ、アーティスト側も地域に滞在して交流や調査を行えるようになったことで、より充実した芸術祭になったことが説明されました。

今回のFUJI TEXTILE WEEKのテーマは「織り目に流れるもの」。織物産業という表層の下には、富士山の伏流水のように、その文化や歴史など様々な背景が重層的に存在しています。各々のアーティストが富士吉田の織物産業を契機として、その裏側にある固有の文化や歴史に迫ろうとしています。

丁寧な解説もいただき、いよいよ待ちに待った視察です。作品の背景から完成に至るプロセスまで、貴重な話をしていただきながら、各会場をまわりました。

斎藤和真さんから富士吉田についてのレクチャー
八木毅さんよりFUJI TEXTILE WEEKについてのレクチャー

FUJIHIMURO

FUJIHIMUROでは、FUJI TEXTILE WEEKの会場として3作品が展示されています。

上條陽斗《forming patterns》は、テキスタイルを富士山の形状を参照に造形したインスタレーションです。東京大学大学院でコンピューテーショナル・ファブリケーション(計算に基づく製造)を研究しながらアーティストとしても注目を集める上條さんは、富士吉田での調査を通じてテキスタイルへの理解を深めてきました。伝統的な技術と富士山という象徴の融合が、最新の技術によって図られています。

永田風薫《徐福 – 鶴と火》は富士吉田の徐福伝説と仮面劇的習俗を「架空の神楽」として再構成した映像作品です。徐福伝説とは、秦の始皇帝が不老不死の仙薬を求めて徐福を遣わしたという、東アジア各地に伝わる伝説です。富士吉田では、仙薬を見つけられなかった徐福はこの地に留まり、織物の技術を村に伝え、死後鶴に化身したとされています。この作品は、織物工場をはじめ市内の様々な場所で撮影されていますが、ダンサーの羽織る白い布が神秘的な空間を演出します。

このほか、イッセイミヤケの思想を継承するブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」と横尾忠則との協業プロジェクト「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」から未発表の作品が展示されました。

「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」の作品

福源寺

鶴に化身した徐福が、息を引き取ったとされるのが福源寺。富士吉田を支える産業となった織物の技術を伝えた徐福を葬ったとされる鶴塚が、いまも境内に遺されています。

この寺院は会場のひとつとして、プラハ工芸美術大学の学生によるプロジェクト「Common Ground」が展開されています。芸術祭は、地域が世界とつながる貴重な国際交流の機会でもあるようです。また、境内では羊毛のパンチング体験が行われており、観客がともに作品をつくるという感覚を体験できました。

羊毛のパンチングを体験する使節団一行

旧山叶

1872年に開業し2023年に廃業した織機の部品などを扱う商社「山叶」の建物は、前回2023年から新たな会場となりました。会場の広さを生かして、大規模な作品が展示されているのが特徴です。

相澤安嗣志《How The Wilderness Thinks》は、長さの異なる布を吊るすことによって、富士山が作り出した胎内樹型(溶岩流が樹木を包み込んで固まり、中の樹木が燃え尽きてできた洞穴)を模した形を作り出しています。富士講信者は、洞内に入ることによって生まれ変わることができると信じていました。吊るされた800枚の布は、絹織物を生産する際に大量に発生したデッドストックを利用しています。

齋藤帆奈《織目に沿ったり逸れたりしながら流れる》は、単細胞生物である粘菌に染料を混ぜた餌を与え、粘菌の移動した軌跡を提示しています。粘菌の生育には水が必要であるため、富士山の伏流水をポンプで汲み上げ、富士山状に展開された布を伝って染み込んでいきます。作品の構造はバイオアートを専門とする作家が繰り返しているものですが、「織り⽬に流れるもの」という芸術祭全体のテーマに重なっていることが興味深い点です。

増田拓史《白い傘と、白い鳥。》も徐福伝説をモチーフにした作品ですが、そこに富士吉田の絹生地が軍事用落下傘に利用されたという歴史が重ね合わされ、同じ徐福伝説をモチーフにした《徐福 – 鶴と火》とは全く異なるトーンの作品です。徹底した調査に裏打ちされた、三面の映像と数々の資料の複合的なインスタレーションに圧倒されます。

旧山叶では、こうした大規模作品のほかにも、ショップやBtoB向け展示会などが展開されていました。

相澤安嗣志《How The Wilderness Thinks》
齋藤帆奈《織目に沿ったり逸れたりしながら流れる》

旧糸屋

毛糸商を営んでいた「旧糸屋」の建物では、2つの作品が展示されています。

松本千里《Embracing Loom》は、絞り染めの「絞り」の形を組み合わせたインスタレーション作品。「絞り」はここに遺されていた古い織機に絡みついています。新居さんからは、織物産業の歴史のある建物への離れがたい思いが表現されているとの説明がありました。

安野谷昌穂《寛厳浄土》は葛飾北斎の赤富士・黒富士を念頭に、富士山の持つ優しさと厳しさを表現しています。

松本千里《Embracing Loom》
安野谷昌穂《寛厳浄土》

下吉田第一小学校プール

下吉田第一小学校プールでは、柴田まお《Blue Lotus》が展示されています。富士吉田の観光地・明見湖(はす池)をモチーフにした作品。浅く水が張られたプールには青い蓮型の彫刻が設置され、観客はプール内を歩き回ることができます。プールサイドに設置された数台のモニターがプールの様子を映していますが、クロマキー合成技術(いわゆる「ブルーバック」)によって青い彫刻は映像内からは消えます。ローカルな土地に根差しながら、現代的で普遍的な問題を示唆してもいます。

なお、このプールは数年間使用されておらず、解体が検討されているのだそうです。今回使用するにあたっては、芸術祭スタッフや市役所職員、そしてアーティストがプールを清掃するところからはじまりました。

柴田まお《Blue Lotus》

FabCafe Fuji

八木さんの運営するFabCafe Fujiは多くの観光客で賑わっています。カフェ前の本町通りから撮影された富士山の写真がSNSで注目を集めたことをきっかけに、海外からの観光客が立ち寄るスポットとなっているのです。ここも会場の一つです。

カフェの外に展示された森山茜《空気を含んだ壁》は一見ふつうの布に見えますが、実は袋織りという特殊な技法によって三重構造で織られています。

カフェの中では、フランスのテキスタイルデザイナー、ジュリエット・ベルトノーと台湾を拠点に活動するアーティスト、シーチュー・チーによる作品が展示され、国際的な空間が設えられています。

森山茜《空気を含んだ壁》

SARUYA HOSTEL

外部から人を多く受け入れるためには宿が必要だと感じたことから八木さんが仲間の赤松さんとともにつくったのがSARUYA HOSTELです。

古民家をリノベーションした建物で、伝統的な雰囲気とおしゃれなデザインが融合しています。FUJI TEXTILE WEEK期間中には、展示会場としても活用されています。

富士吉田と横浜の交流

FUJI TEXTILE WEEKの視察を終え、大衆割烹晩酌にて懇親会を開催しました。こちらのお店がある西裏地区は、かつて織物産業の発展とともに栄えた関東屈指の歓楽街だったといいます。富士吉田市の主導するナイトタイムエコノミー事業の取り組みなどにより、現在でもレトロな街並みを残しています。

懇親会には芸術祭に関わる多くの方々にご参加いただき、視察の感想を伝えたり、疑問を解消したりする機会となりました。また、お互いの活動で課題に感じている点等を共有し、意見交換する姿が見られました。

使節団参加者から

今回の使節団参加者からは、現地の実践者やキュレーター、行政職員など多様な立場の方々と直接言葉を交わすことができ、有意義な時間を過ごすことができたという声が多く聞かれました。また、FUJI TEXTILE WEEKの視察については、それぞれが横浜で取り組む事業の参考になるという意見もありました。さらに「地域ぐるみで創るイベントなのだと感じた」「地域資源を掘り起こすプロセスが参考になった」「土地の歴史や文化を再認識し、それを私たちがアーティストや市民とともにどうアート事業へ発展させ創造的な価値を生み出していくべきか、重要なヒントを得た」といった、FUJI TEXTILE WEEKの優れた手法を取り入れていこうとする姿勢も見られました。

おわりに

今回のFUJI TEXTILE WEEKの作品に共通するのは、伝統産業であるテキスタイルと、富士吉田の土地に宿る文化や歴史を融合することにより、富士吉田でしか生まれえない作品が実現しているということではないでしょうか。特に際立つのは、産業をテーマにすることにより、機屋や職人の技術、素材、工程、流通、そして担い手の生活と作品の生成過程を深く結びつけている点です。アーティスト、キュレーター、会場提供者に加え、産業の担い手が単なる協力者ではなく、調査・制作・展示の前提をつくる共同の当事者として関わっているからこそ、富士吉田ならではの密度が生まれているように思われます。

フランスの思想家ロラン・バルトはテキスト(言葉)とテキスタイル(布)の語源が同じであることを念頭に、テキストが作者の内側から生み出されるものではなく、織物のように重層的な文化の影響から生まれるものであると主張しました。この議論は文学理論の潮流の結節点になっただけでなく、「作者」の絶対的な権威が自明視されがちであった芸術文化の世界にも大きな影響を与えました。

アーティスト(作者)だけではなく地域住民を含めたコミュニティが主体的な担い手になるような芸術文化と社会の在り方を実現するために、富士吉田市の取り組みは大いに参考になるものです。それでは横浜においてはどのように芸術文化と地域社会を結び付けていくことができるのか、ということをそれぞれが考えさせられる一日になりました。