2025度 ACYアーティスト・フェローシップ助成報告会 開催レポート

2025度 ACYアーティスト・フェローシップ助成報告会 開催レポート

アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)では、2016年から、美術・舞台芸術の分野で活動するアーティストを対象とした助成プログラム「ACYアーティスト・フェローシップ助成(以下、フェローシップ助成)」を実施しています。

本プログラムは特定の展覧会や公演に対する支援ではなく、アーティストのキャリア形成支援を目的としたもの。100万円の助成金に加え、ACYがこれまで培ってきたネットワークを活用しながら、横浜での活動を支援しています。2023年度からは、横浜市内の民設民営のコミュニティ拠点での短期滞在と、地域住民との交流もすることとなりました。 2025年度は126件の申請があり、書類・面談選考を経て4名のアーティストを採択。この日は、採択アーティストによる活動内容の共有と、その活動を見守ってきた審査員による講評を通じて約1年間の取り組みを振り返りました。その様子をレポートします。

取材・文:安部見空(voids)
写真:菅原康太

日本・香港・中国を行き来しながら源流をさぐる「詠春拳(えいしゅんけん)プロジェクト」――小林勇輝(現代美術家・パフォーマンスアーティスト)

小林勇輝さんが取り組むのは、中国南部武術「詠春拳」を起点とした学際的パフォーマンス作品。少林寺の僧侶・拳法家であった女性が創始したとされる詠春拳は、自分より強い体躯の相手からの暴力に対抗する技として発展し、日中戦争や国共内戦によって香港に亡命した葉問(イップ・マン)の弟子たちによって、世界的に普及した歴史があります(※起源には諸説あり)。

「2019年末から日本・香港・中国を行き来しながら詠春拳の鍛錬を重ねています。その技術・精神を自身の身体に継承する過程で、武術を性別や力の強さなどの枠にとらわれない、クィアの視点から捉え直し、その可能性を探っています」

フェローシップ助成の対象期間では「詠春拳の源流を探る」ことを目的に活動。まずは河南省の武術学校に約1か月滞在し、体を鍛えながら生徒たちと共同生活を送った日々や、香港でも現地の武術コミュニティと交流したことなどを振り返りました。

さらに、詠春拳の由来のひとつとされる永春白鶴拳(えいしゅんはくつるけん)の発祥地・永春市を訪問した際に、永春白鶴拳が日本の空手の源流となったといわれていると知り、「もう一度、日本とのつながりを考えていきたいと思った」という小林さん。

帰国後の滞在拠点「Murasaki Penguin Project Totsuka」では、鍛錬で使う木製の道具(木人)や立体作品の制作、詠春拳にまつわるワークショップを開催。また、詠春拳体験ができる道場をもつ横浜中華街の薬膳料理店「カンフーキッチン 工夫厨房」にも訪問。この場所について小林さんは「日本に初めて詠春拳を導入した先生がいるお店。食事や体験を楽しむ人から真剣に練習する門下生など、多様な目的の人たちが集うスペースのあり方も興味深かった」と言い、会場の参加者も興味をひかれたようでした。

滞在最終日に実施した試演会は、詠春拳の背景などを伝えながら、習得したものを演舞で見せるレクチャー形式で、拠点の運営者であるMurasaki Penguinとも協働し「本プロジェクトを大きく発展させることにつながった」といいます。 横浜滞在後の11月には、永春市で開催された詠春拳の大会でなんとメダルを受賞。「日本と中国がセンシティブな状況のなか、日本からの参加者は私一人。現地の先生方がケアしてくれていたことをあとから聞きました。今回、さまざまな方と交流させてもらったことが信頼関係につながり、海外を行き来できる大きな助けになることを実感した活動でもあった」と話しました。

審査員の野上絹代(振付家・演出家)さんは、試演会での小林さんの丁寧なレクチャーやパフォーマンスに感心したと同時に、「女性によってつくられた拳法が、男性によって普及されていることにねじれを感じた」とコメント。また、「小林さんがだれかに振り付けるなど、詠春拳を外側からつくってみるのも見てみたい」と伝えました。 小林さんも、「その後展開したトーキョーアーツアンドスペースやTERRADA ART AWARDでの発表は、実際に詠春拳で使う木人なども置いて公開稽古しながら、鑑賞者も練習を体験できるような空間づくりをしました。僕は自分の身体主体で作品をつくることが多いのですが、今回の活動による変化と成果を生かして、誰かに伝え、つないでいくことによる広がりも考えていきたいです」と応答しました。

ありふれた表象の新しい見方を共有する――城戸保(写真作家)

城戸保さんは、「左近山アトリエ131110」に15日間滞在。横浜や横須賀を中心に撮影を行い、展覧会「富士と無意味」やワークショップを開催しました。

以前から取り組んでいる「富士景」シリーズは、新しい見方で富士山を撮る企画。フェローシップ助成では、審査員の天野太郎(東京オペラシティアートギャラリー チーフ・キュレーター)さんからの提案でもある、葛飾北斎『神奈川沖浪裏』(富嶽三十六景)を意識した船上撮影にも挑戦。横浜在住者でもその存在を知っている人が少ない灯台に着目した『赤い灯台』をはじめ、城戸さんが横浜や横須賀で“発見”した富士山が見える風景を作品にする活動を展開しました。

展覧会では、「富士景」と並行して続けているシリーズ――「駐車空間」「絵画建築」(絵画みたいな建築)「文字景」(風景のなかの文字に着目)「光画」(フィルム写真に光を感光)の新作を含め、“無意味”というテーマで、偶然出会った無意味にみえる行為や事物を投影した作品を展示しました。

「例えば、家の屋根が余ったペンキで塗られていたりするのは、一見無意味なことをしているなあと思うけれど、見方を変えれば資材の有効活用など意味もあったりするわけで、面白いですよね。あと、デニーズの外壁に落ちる木の影も、僕には絵画建築風に見えたので撮りました」

また、左近山アトリエ131110の運営会社・stgk所属の伊藤祐基さん に展覧会のチラシ作成を制作してもらった際に、「無意味を磨き上げる」というキャッチコピーが明確化したそうです。最後に今後の展望について語り、報告を締めくくりました。

「今回、これまで静岡と山梨でやってきたことを横浜でやりました。今後、東海道全域にまで視点を広げ、例えば、東海道五十三次のなかに出てくる富士山と富嶽三十六景がごっちゃになったような、現代版の富士景を撮りたい。また、『裏富士』という言葉がありますが、『裏』という言葉に着目すると、『裏日本』が気になってきました。来週末から山口県に2週間滞在するのですが、本土に対して日本海側の風景を撮ろうかなと思っています」

審査員の天野さんは、「城戸さんは、地域の人たちと横浜を見直すことができるのではないかと考えた」と話します。

「写真が登場した19世紀より前は、ビジュアルイメージというものを人の手業でつくられたものを共有していたんですね。浮世絵がまさにそうで、北斎の絵によって、人々は富士山を知ることができました。ところが写真発明以降は、人が発見したイメージを共有する時代。城戸さんの写真は発見の連続。写真がもつアナログの特性もあらためて感じています」 さらに天野さんは、「横浜美術館(本報告会開催場所)ができる前、ここら辺も何もない原っぱでしたが、今はどんどん『意味のある』建物ができていて、この場所を感じさせる風景が埋もれていってしまったように感じる。そういった都市のあり方も、城戸さんの写真からみることができるのは貴重だった」と振り返りました。

意味に回収されない「対話の場」を模索――Aki Iwaya(アーティビスト)

日本やインドネシアで、人が集まる場所やオルタナティブスペースをリサーチし、「対話の場づくり」を試みるAki Iwayaさん。フェローシップ助成では、主にインドネシアのジョグジャカルタ、横浜の弘明寺、新横浜に滞在し、リサーチや人々との雑談、イベント企画などを行いました。

「僕はインドネシアに毎年一定期間滞在する一方で、向こうの友だちを日本で受け入れたりもしていて、それが今年で12年目くらいになります。毎年必ず何らか変化があり、それをどう記録するかもテーマの一つ。リサーチに行く時はわざと予定をいれずに訪問し、いろいろな人に巻き込まれながら進めています」

今回の滞在でも、現地のコレクティブやアーティスト、偶然出会った人たちとの交流を通して行われた、そのリサーチの様子を共有しました。

帰国後、横浜での最初の滞在先は弘明寺の「アートスタジオ アイムヒア」。こたつを常備して訪れた人とおしゃべりしたり、近くの「観音橋」に行ってその場に来た人々と話したりしたといいます。また、まちの掲示板をチェックすることや、毎朝ファミリーレストランなどでまちや人の雰囲気を観察することも日課にしていたIwayaさん。その後、新横浜の「ARUNŌ -Yokohama Shinohara-」に移動し活動を継続するうちにさらに横浜での知り合いが増えていき、「いろんな人と雑談していくなかで、徐々に対話の場のイメージが立ち上がっていった」と話します。

1月には「対話の場『ない横浜、演じてるあいだだけある横浜?』」を開催。参加者がひとつのこたつを囲み、「無理やり話さない」「沈黙を大事にする」「相手が話している時間を、自分が話す内容を考える時間に使わない」といったルールのもと対話しました。これらのルールは、意味が重視されてしまいがちななか、対話の場において“意味じゃない側”にフォーカスする方法はないかと考え、対話のアドバイザーやカメラマンらとともに設計したといいます。さらにその場を記録する方法についても模索したとのこと。

最後に、「横浜は僕には大きすぎる。もっと小さな単位で考え、それら同士をネットワークしていくほうが、今後横浜以外の地域とつなぐ時にも有用ではないか」と横浜での活動を振り返りました。

今回のIwayaさんの活動を、「横浜で『みえなくなっているもの』『失われてしまったもの』について、これまで以上に考える機会になった」と話すのは、審査員の藤原徹平(建築家)さん。 「僕は生まれも育ちも横浜ですが、どんどん平板な世界になっていくと感じながら生きてきました。それは風景だけでなく、人の意識も。横浜は大きすぎるというのもまさにそうで、例えば弘明寺のこともみんな『横浜』と呼ぶ。そういった抽象化と総合化のなかに巻き込まれて、個を失ってしまっているんじゃないかと。また、対話の場での『沈黙の時間』も面白い。頷いたり相槌をうったりして話を混ぜてしまいがちだけれど、きちんと聞いて、話す、ということをやるだけで、こんなに細かく物事をとらえられるのかと驚きました」

「対話と風」をキーワードに、横浜の空に凧を上げる――安田葉(アーティスト)

2019年から風、自然、土地の記憶、人と人、人と環境のつながりをテーマに、日本とインドネシアを拠点に活動する安田さんは、近年「カイト」(凧)を主要メディアにして作品を制作しています。フェローシップ助成で行ったのは「風を媒介にした対話の実践」です。

「私は東南アジア地域の島々をめぐり、風によって移動する生き物や着生植物などを作品のモチーフにしています。身近な素材でつくれる凧は、美術館に来られない人にも開かれた表現であるところに魅力を感じていて、『空に描く絵画』であり、『空飛ぶ彫刻』だと考えています」

世界各地のカイトフェスティバルにも参加している安田さんの横浜での活動のねらいは、「国際的な実践を、日本の都市文脈で再検証する」こと。7月に1週間、10月に1か月間、中山にあるCo-coyaに滞在。「対話の凧」をキーワードに、海外にルーツをもつ方々と、記憶や夢、移動の経験について対話し、言葉にできない感情や記憶を「凧という風に委ねる構造体としてかたちにできないか」と試行錯誤したと話します。また、滞在期間中は、中山の地域住民と行った凧づくりワークショップ「あなたの凧」も開催しました。

「対話の凧」「あなたの凧」を通じて制作した凧は、Co-coyaでの展示にさきがけ、鴨居駅近くの河川敷で空に上げ、その様子はとても印象的な光景になったと振り返りました。

また、安田さんは滞在先のCo-coyaを「いろんなルーツをもつ方が気軽に集い、さまざまな実践や新たな挑戦ができる場」だと表現します。

「アーティストや建築家、噺家、農家、音楽家、忍者など、分野を横断したつながりが生まれました。また、近所に住む凧職人や凧好きの方が手づくりの凧をくれたり、木工細工で美しい凧用の糸巻きをつくってくれたりしたことも感動的な出来事でした」 その後ジョグジャカルタで行った、人形劇や音楽家とのコラボレーションについても共有し、2026年12月には「Goni Puppet Theatre」の横浜公演を目指して計画中だと報告。最後に「真偽があいまいなデジタルばかりの現代だからこそ、自然素材や頭から足先まで全身を使う芸術をつくっていくことが重要ではないか。今後、横浜でもっと大きな空間や長期間での発表をできれば、横浜から新しい文化が伝えられるのではないかと感じています」と抱負を語りました。

審査員の帆足亜紀(横浜美術館 国際グループ 兼 学芸グループ グループ長)さんは、安田さんが世界中で行われているカイト・フェスティバルに参加し、そこで毎回新作を発表していること。また、その場では凧をつくる世界中のアーティストが一堂に会してお互いに高め合いながら、批評するという、芸術とは異なるエコシステムがあることに着目しました。また、横浜は空の広い地域があるにもかかわらず、凧をあげられる場所の制限が大きいことなどについて、安田さんと話し合いました。

「空は自由そうだけれど、意外に管理されている。横浜で凧を飛ばすのに、実現できる空間が意外と少ないというギャップをどう埋めていくのかは、横浜の空間の大きな課題でもあると思いました。また、凧そのものに独特のコミュニティや発展があり、とても奥のあるメディアだなと。だからこそ、凧を追求していく先に、今まとめていただいた言葉とはまた違った言葉も見つかるのではないかとも感じました」

横浜での滞在拠点と、それぞれの関心やゆかりのある場所とをしなやかに往還しながら、自らの表現に向かい合うアーティストたち。その過程の大切さをあらためて感じた報告会でした。


【イベント概要】
日程:2026年2月14日(土) 10:30-12:45
会場:横浜美術館 プロジェクトスペース
参加者数:35人
主催:アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
令和7年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業

■登壇者(五十音順・敬称略)
(1)2025年度 ACYアーティスト・フェロー
Aki Iwaya(アーティビスト)
城戸保(写真家)
小林勇輝(アーティスト)
安田葉(アーティスト)

(2)ACYアーティスト・フェローシップ助成 審査員
天野太郎(東京オペラシティアートギャラリー チーフ・キュレーター)
野上絹代(振付家・演出家、多摩美術大学美術学部演劇舞踊デザイン学科専任講師)
藤原徹平(フジワラテッペイアーキテクツラボ代表、横浜国立大学大学院Y-GSA准教授)
帆足亜紀(横浜美術館 国際グループ 兼 学芸グループ グループ長、横浜トリエンナーレ組織委員会事務局 総合ディレクター補佐)

■アーティスト受入先の拠点(五十音順)
アートスタジオ アイムヒア
ARUNŌ -Yokohama Shinohara-
左近山アトリエ131110
Co-coya
Murasaki Penguin Project Totsuka


2024年度の報告会の様子はこちらからご覧いただけます