横浜の呑んべえ夫婦が作る雑誌『はま太郎』が、じわじわと読者の輪を広げている。「横濱で飲みたい人の読む肴」と銘打った誌面で紹介するのは、横浜だけに存在する「市民酒場」から、昔ながらの喫茶店、老舗企業、野毛の飲み屋で出会った人まで。
2013年の創刊からこれまで14号を発行、昨年には初の読者イベントを開いた。関わる人やファンから温かいまなざしで見守られる星羊社の成田希さんと星山健太郎さんの2人に、誌面づくりにかける思いを聞いた。
酒場を通して街の文化を見る
もともとお酒が好きで、大学院で出会って意気投合したという成田さんと星山さん。成田さんは、横浜の出版社に勤めた後、街ネタを取材するライターとして活動しながら、都橋の店に週1で立っていたこともあった。
「普段から通っている飲み屋さんが、働いている人たちの素顔が一番出る場所。最初はただお酒が好きだから酒場をテーマにしたけれど、やっていくうちに、酒場を通して街の文化が見えるんだ、という発見があって、それがすごく面白くなりました。」(星山さん)
はま太郎では、西区にある大正時代創業の「常盤木」のマスターに話を聞いたことがきっかけで、横浜独自の「市民酒場」を創刊号から毎号取材してきた。「市民酒場」とは、戦前の昭和13年に結成された飲食店組合に加入している酒場のこと。その成り立ちや戦後の変遷を知ることで、横浜の歴史がまた違った視点で浮かび上がってきた。
誌面では、市民酒場の話を通して、戦時中の食糧事情や、芸者や外国人の船員が客として来ていた時代、ふぐ食、造船所の労働者たちに思いを馳せることができる。どれも、地道に取材を重ねて明らかにしていった、ほかではなかなか聞けない話ばかり。「自分の土地の自慢話が好きで、昔を懐かしみながらお酒を飲む人が多い」という横浜の呑んべえたちが、さらに饒舌になりそうだ。
ありそうでなかった地元密着×酒場という切り口や酒場愛あふれる誌面、成田さんの味のあるイラストが受け入れられたのか、創刊号から有隣堂伊勢佐木町本店でも取り扱われているはま太郎は、横浜コーナーで好調な売れ行きを見せている。横浜を特集した雑誌などと並べると、相乗効果でよく売れるそうだ。
足と肝臓で稼ぐ、とっておきのエピソード
2人の飲むペースは、実に週4、5回。面白いお店があるよと教えてもらうことも多く、日々「勉強しに」出かける。
「取材できるかどうかというのはまた別の話ですし、すぐ取材というのも味気ない。まずは自分が楽しんで、その結果取材もできることになれば、それほどありがたいことはないですね。」と謙虚な成田さん。一見とても楽しそうな仕事だが、たった二人の出版社では、まさに体が資本だ。
店を開拓していく上で厳密な基準はないが、「あまり情報がないときほど、わくわくする」という。
「今だからこそ、調べて見つけたお店じゃなくて、偶然の出会い、サプライズを求めているというのがあるかもしれないですね。路地裏の赤ちょうちんとかが目に入ると、一度通り過ぎても戻って見てしまいます」(星山さん)
一度取材したお店にも、何度も顔を出しているうちに、取材時には聞けなかった話が飛び出てくることがある。そうして溜まった情報も活かそうと、2015年には、はま太郎10号までの市民酒場特集に書き下ろしを加えた単行本『横濱市民酒場グルリと』を出版。形を変えたことで新しい読者にも届いた同書は、有隣堂の売り上げランキングで約1カ月の間1位をキープした。
「最初は、まだお店の人ともそこまで仲良くなれていないので、そんなに深く掘れていなかったんですが、本を出した後、お店の人が常連さんたちに『こんな本に載ったんだよ』と見せてくれたことで、関係が深まって。もっとそういうエピソード入れたかった!っていう話がいろいろあるんです。また、『はま太郎』を何号か出したら、市民酒場本の続編もできたらいいですね。」(星山さん)
『はま太郎』でつながる、酒場好きコミュニティ
創刊当時はモノクロ・ミシン製本と昔懐かしい作りが印象的だった『はま太郎』だが、単行本の発行を機に、11号からはフルカラーにリニューアルした。部数も約500部から2,500部まで増やし、関西圏の書店にも進出。大阪、京都、高松など30以上の店舗と直取引を行っている。
「本屋さんに持っていくときの営業的な視点で言うと、カラーのほうが受け入れてもらいやすいんです。市民酒場の本を出したことで、全国に流通できる、全国で勝負できるようなものを作りたいと思うようになりました。」(成田さん)
以前は64ページが限界だったため、もっと連載を増やしたくても増やせず、あまり遊びが生まれなかったという。リニューアルを機に、編集者の南陀楼綾繁さん、鎌倉の立ち飲み屋「ヒグラシ文庫」の中原蒼二さん、日本ナポリタン学会会長の田中健介さんら、より多彩な執筆陣が誌面に登場するようになった。
関内で開いた初の自主企画イベント「はま太郎フェス 旅と酒そして本」には、そんな執筆陣や編集部に負けず劣らず酒好きの読者約80人が集まった。ヒグラシ文庫でライブをやっていたことから知り合ったというミュージシャンのスーマーさんは、ライブを披露するだけでなく、読者参加でイチオシの酒場の魅力を語り合う「グビリオバトル」の進行役も。スーマーさんも、トークに登壇した南陀楼さんも、成田さんと星山さんを見守る飲み屋の先輩常連のような立ち振る舞いで会場を盛り上げ、居心地の良い家庭的な居酒屋のような空気に包まれながら、イベントは終了した。
「小さい出版社だと、とにかく話題を自分たちで作っていかないといけない。本を出す合間に、イベントやオープンオフィスを開催したり、小田原ブックマーケットなどのイベントに参加して、実際に読者に会う機会を作っていきたいですね。」(星山さん)
「市民酒場」ブランドを見直すきっかけに
「はま太郎フェス」には、取材先の市民酒場の店主の姿もあった。市民酒場としてメディアにもよく登場する、「常盤木」と新子安の「諸星」のマスターだ。
「2人とも近くにいるのに一向にしゃべらないので紹介したんです(笑)。どちらも休日が一緒なので、お互いお店に行けないんですよね。
あまり活発でなくなってきていた市民酒場組合が、僕たちが本にまとめたことによって、新たにお店同士の横のつながりができ始めているということもちょっと聞いて、嬉しかったですね。」(星山さん)
市民酒場であることを前面に出さずに営業している店も多いが、『はま太郎』を通して改めてその歴史を知ったことで、自分たちのルーツを見つめ直すきっかけになったと言ってくれたお店もあるという。
「特に若手がやっているお店、例えば信濃屋(南区)のご兄弟は、早くにお父さんが亡くなって、市民酒場の話をあまり聞いていなかったそうなんです。でも、ちょっと意識するようになったと言ってくださって。
お父さんと息子さんの2人でやっている西区の『もりや』さんは、10号を出したときに『うちも市民酒場だったんです』と連絡をくださったんですよ。」(成田さん)
酒場を通して街の文化を掘り起こしていくことで、新たな動きも生み出している『はま太郎』。最初は横浜の人向けに地元の人も知らない意外な情報を届けたいと考えていたが、今では南陀楼さんや中原さんら、横浜出身ではない書き手にもあえて横浜のことを書いてもらい、新たな視点で横浜を再発見している。
これまでの実績を活かし、星羊社は昨年11月、「帰省するつもりで訪れる青森市」のコピーで、新たな雑誌『めご太郎』(「めごい」は津軽弁で「可愛い」の意)を創刊した。成田さんの故郷である青森の魅力を、おなじみの文章やイラストで楽しめる。
今年6月には、野毛地区の非公認マスコットキャラクター「のげやまくん」の絵本『のげやまくん と くま』と中原さんのレシピエッセイ集『わが日常茶飯―立ち飲み屋「ヒグラシ文庫」店主の馳走帳』も刊行。元町の老舗ダンスホール「クリフサイド」で開かれた『わが日常茶飯』の刊行記念パーティーには、ヒグラシ文庫の常連客を中心とした発起人グループの呼びかけで200人を超える人が集まった。第15号となる次号のはま太郎は、記念号として増頁を予定している。地域や酒場を愛する人のつながりからどんな動きが生まれるか、今後も注目したい。
(文・齊藤真菜)
株式会社星羊社