2020-01-09 コラム
#パフォーミングアーツ #横浜赤レンガ倉庫1号館

身体ひとつで世界を経験する ダンサー・湯浅永麻さんが語る「横浜ダンスコレクション2020」

25回目の開催となる「横浜ダンスコレクション2020」で世界初演されるオーストラリア-香港-日本の共同プロジェクト『ON VIEW:Panorama』の参加ダンサーのひとり、湯浅永麻さんは世界を飛び回るダンサーだ。横浜赤レンガ倉庫1号館にふわりと現れた彼女にダンスのこと、世界を知ることについて話を聞いた。

 

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)の主力ダンサーとして11年間以上にわたり活躍し、2015年末に独立、以降フリーランス・ダンサーとして世界的に活動している湯浅永麻さん。

身体ひとつで世界を駆ける彼女が横浜赤レンガ倉庫に身軽にあらわれた。ナチュラルな柔らかい印象だ。軽やかなのはその身のこなしだけでなく、スーツケースひとつで世界中を飛び回っているという。1月には日本に舞い戻り、創作活動を行い、1〜2月の「横浜ダンスコレクション2020」では世界初演の舞台に登場する。

 

イリ・キリアンから学んだこと

 

——11年以上にもわたって所属されていたオランダのネザーランド・ダンス・シアター(NDT)を数年前に退団されましたが、離れてみて、そこでこそ得られた糧は何だったと思われますか?

湯浅:それは本当にたくさんあります。でもまずは、振付家のイリ・キリアンと出会えて、いっしょに仕事ができたということ。彼はNDTに大変革をもたらした人なんです。人種もよりいっそう多様になり、ダンスのジャンルに関しても、クラシックバレエの基礎がある人ばかりではなく他のジャンルのダンサーも採るようになりました。多様性を大事にして、カンパニーの全員がヒエラルキーなくフラットな関係であるようにしてくれました。彼自身もとても心が広く、寛大な人で、人間的にも尊敬できる人です。

 

具体的には、キリアンが始めたことで面白い試みがありました。1年に1回、ダンサーたちだけで振付をして作品を制作して公演するという企画です。振付も衣装も舞台制作も広報も、すべての役割をダンサーたちが担当するんです。この機会のおかげで、私も振付に挑戦することができました。

「今年は振付をしたい人は?」「制作をしたい人は?」と募って、自ら手をあげたり勧められたり。初めての振付はとても稚拙な作品でしたが、つくる側に立ってみて何が必要でどれだけの労力がかかるのかわかりました。ダンサーとは別の視点からダンスを見ること、考えることは大きな経験になりました。

NDT 50周年の集合写真(キリアン、カンパニーメンバー全員と)※

 

——振付についてキリアンさんに相談したり、アドバイスをもらったりということはありましたか?

湯浅:振付にしろ、ダンサーとして踊る場合にしろ、「こうしろ、ああしろ」とは絶対に言わない方だったんです。でも気安く声をかけてなんでも聞けるような身近な存在でした。

彼の作品をいくつか踊る機会に恵まれました。社会の秩序や生と死についての重いテーマを持つ『Toss of a Dice 』の再演ではソロを踊りました。リハーサルの時に、私がテーマを理解して感じたままに即興で踊ってみたのですが、とても寛大に受けとめてくださったことを覚えています。私のやりたいと思ったことに対して、けっして批判したり否定したりはしません。でも私がわからなかったり迷ったりすると、いろいろな比喩の言葉などを与えてくれて、私を混迷状態から目的地に連れて行ってくれるんです。彼のリハーサルはいつもそういうあたたかく寛容な空気があって、ダンサーを追い込んだりせずに、ダンサーをうまく揺すって表現を引き出してくれました。

イリ・キリアン『Vanishing Twin』 ©Joris Jan Bos ※

 

——キリアンさんの振付はそういうダンサーからの発露を待つような仕方なのですか?それは彼独特な方法なのでしょうか?

湯浅:おそらくは若かった頃は、彼自身が全部振付してダンサーにそれをなぞるようにと指導したのだと思います。私自身は経験していないので推測ですが。私が入団して以降の後期の作品については、彼が動きをつくるということはほとんどなく、言葉でダンサーをいざなってダンサーひとりひとりから出てきた動きを、オートクチュールのようにていねいに紡いでいくようなつくり方でした。コンセプトは作品ごとに最初にきちんと提示されて、説明がしっかりあります。ダンサーにはリハーサルの初日に「今回はこういう想いでこういう作品を作るんだ」と伝えられますから、それを念頭に置いた上で動くと、どんどん引き出される感じなんです。ダンサーが動いてつくっていくのですが、気がつくとキリアンのスタイルになってしまうんですよ。それはちっとも悪い意味ではありません。ダンサーから出た動きなのに最終的には彼の世界観に落とし込まれてしまうというか。でも操作されているようには感じないので本当に驚きです。彼の独自性はありますが、こういう振付スタイルをとる人はほかにもいると思います。

 

動きに感情の色付けをする

 

——近年、湯浅さんご自身でも振付作品を発表されていますが、ご自身の振付はどんなスタイルなんですか?影響を受けた振付家は誰でしょうか?

湯浅:私が一番影響を受けたのは、クリスタル・パイト。カナダ人の女性振付家で、彼女のつくり方はキリアンとはまったく違う方法です。

最初にコンセプトやテーマは与えられますが、いざリハーサルになると、そのテーマとはまったく関係ないような「お題」がダンサーに渡されます。それはまさに具体的な指示で、たとえば「上から下に降りていく動きを4つしてください」とか、「カウントして6でジャンプする」とか。何の感情も挟まないような純粋な動きの指示なんです。

おそらく彼女は個々の実際的な動きに対して、どういう感情がフィットするか、彼女のコンセプトやテーマを描くどの場面で使えるだろうか、それをどのダンサーの組み合わせかあるいはユニゾンにするか、ということを探しているんだと思います。

このような彼女のつくり方は面白いなと思って影響されました。感情から動きをつくろうとするとありきたりな動きにしかなりません。たとえば哀しみだったらこういう表現と決まりきったことをしてしまいがちなところを、それを排除して、最後に筆で色を付けるように感情をのせるような方法です。

同一の振りに正反対の感情を付けて、2つの異なったフレーズができるというようなことがとても刺激的です。NDTで出会って衝撃を受けたもうひとりの振付家です。

クリスタル・パイト『parade』©Joris Jan Bos ※

 

クリスタル・パイト『The Second Person』©Joris Jan Bos ※

 

——NDTでの出会いは大きな意味合いがあったんですね。

ところで、昨年「横浜ダンスコレクション2019」で、イスラエルを拠点に活躍している振付家のエラ・ホチルドさんの作品に出演しましたが、どんなところに共感が 持てましたか?

湯浅:エラの作品に初めて触れたのは、森山未來さんがここ赤レンガ倉庫1号館で公演した『JUDAS, CHRIST WITH SOY』を観た時ですが、彼女の振付に興味を持ちました。

NDT在団中に、イスラエルの世界的振付家でバットシェバ舞踊団の元芸術監督のオハッド・ナハリンと一緒に仕事をさせていただいたのですが、その時にナハリンが考案したGAGA(ガガ)という独自の動きのメソッドに大きな関心を持ちました。元々彼自身のけがのリハビリテーションのために考案されたもので、イスラエルや世界中のダンサーが取り入れています。それらの経験の後に、エラから声をかけていただいて出演しましたのでご縁を感じました。

エラの『Futuristic Space』のテーマは死生観が漂うものでした。声高に謳ってはいないのですが、彼女は「誰にも共通することとして、いつかは近い人の「死」に立ち会わなくてはならない」とその動機を話してくれました。でもその「死」の織りこみ方は、ある時は日常のシーンを切り取ってそれにコミカルに混ぜて見せるんです。そういういろいろな感情がわき起こる日常の中に「死」はその毎日を覆うように漂っている、そんな彼女の世界観のつくり方がとても興味深いと思いました。

 

『ON VIEW:Panorama』はどんな作品?

 

——昨年の「横浜ダンスコレクション2019」ではダンス映像プロジェクトの「ON VIEW:Japan」という作品にも参加され、映像を発表されました。これはどのようにつくったのですか?

湯浅:振付家で映像作家のスー・ヒーリーが2013年にオーストラリアで始めたプロジェクトなんですが、その日本版を制作するにあたって5人のダンサーの一人として映像作品に参加しました。

その際、スーからは「お題」をいくつか出されました。「ロケーションを選ぶ」「動物を選ぶ」などといったものでしたが、ロケーションとエレメント(要素)の組み合わせとして、私は「水のある場所」を選んでそれをテーマに踊って映像カメラマンに撮影してもらい、素晴らしい映像にしていただきました。

 

また、「動物」というお題から発想してミトコンドリアを選びました。最近一緒に作品づくりをしているファッションデザイナーの廣川玉枝さんの代表作である「スキンシリーズ」を思いつき、その衣装で人間という動物のおおもとである細胞を表したいなと思ったのです。

無縫製の身体に密着する彼女のデザインはダンスにぴったりと思うのですが、当時はまだダンサーが着て踊る機会はあまりないとお聞きして使わせていただきました。

「ON VIEW」だけには限りませんが、振りの着想は電車に乗っていたり田舎を歩いていたりして出会うものなど、思いもよらない時におもしろい動きを発見して、インスピレーションや刺激を受けることが多いです。

 

『ON VIEW :Japan』(Photo;Hatori Naoshi)※

 

2013年から香港、日本、オーストラリアのダンス・アーティスト、クリエイティブ・スタッフが共同で取り組んできたダンスと映像のプロジェクト『ON VIEW』シリーズ。その集大成として舞台作品『ON VIEW:Panorama』を創作中だ。

——今年の「横浜ダンスコレクション2020」では『ON VIEW:Panorama』という作品を上演するのですね。どんな作品になりそうでしょうか?

湯浅:まったく想像がつきません。ダンサーの参加はオーストラリアの2名と香港の2名、日本からは私と浅井信好さんの2名ですが、初めてのダンサーとの共同作業はとても楽しみです。

1月に兵庫県の城崎国際アートセンターに約3週間滞在して作品制作に取り組むのです。スーは映像と生の身体との関係を探っているようです。これはキリアンから教わったことですが、映像というものには死と生にまつわる要素があると。映像は半永久的に残るものだけれども、生身の私たちは消えてしまう存在だということ。映像は何度巻き戻してもまったく同じ表情のまったく同じ動きが再生されるわけですが、舞台に立って踊る私たちは絶対に同じことが二度とできない。この相反する二つのものを共存させた時、その対比はおもしろいものになるんじゃないかなと思います。それがスーの狙いかもしれません。

生身の人間ってとても儚いものだと思います。その生身が何年か後になくなったあとに映像はずっと残るというのは、なんだか恐れすら感じます。

 

——『ON VIEW:Panorama』は横浜で公演した後に、愛知と香港、オーストラリアで公演するのですよね。場所によって作品は変化したりするものですか?

湯浅:場所にも影響されますが、初演から時間が経てば人間の感性も、相互の関係性も変わるので、きっと作品が変わっていくでしょうね。それを味わうのもまた楽しみです。

 

身体ひとつで世界を経験する

 

——今後はどのような展開を計画しているのでしょうか?

湯浅:いくつもありますが、一昨年、私自身の企画で目の見えない方と一緒に踊るということをしてみたのですが、予期していたよりもまったく自分が知らない世界だったので新しい情報をたくさん得ることができました。

そこで共同でつくった作品がまだ発展途上なのでそれをぜひ完成させたいと思っています。例えば自閉症の子どもたちとのワークショップなどもしてみたいと思っていますが、これまで知らなかった領域の方たちと触れ合って違う世界を知る機会をさらに多く持ちたいと思っています。

私は自分というものがよくわからなくて、人とぶつかることで、こういうものだったんだというのがようやく見えてくるんです。ですから自分とは違う人と会うたびに、こういう自分もいるんだなと発見することがあります。新たな自分だったり、自分の中に潜む新たな感情だったり。それを見つけるjourneyなのかなって思っています。

今、実は家と呼べる場所がないんです。オランダの家は人に貸していて、この4年間ずっとスーツケースを引きずって、いろいろな国を渡り歩いています。最初は2個だったスーツケースも重くて持ち歩けなくなって、たった1個のスーツケースのモノしか持ち歩いていないんです。

物質は古くなったりして捨ててしまうけれども、絶対に何があっても私について来てくれるものはこの身体だけなんだなと気づきました。この身体があるからこそ、いろいろな場所に行けていろいろな人に出会ってぶつかって、経験ができる。その連鎖が生きている意味なのかもしれないと思える毎日です。

取材・文 猪上杉子
撮影  大野隆介(※以外)

 


 

【プロフィール】

湯浅永麻 (ゆあさ・えま)
9歳から広島でクラシックバレエを始める。
1999年、モナコ公国クラシックダンスアカデミーに留学、首席で卒業。ドイツのドレスデンバレエ、フランスのニースバレエを経て2004年に〈ネザーランド・ダンス・シアター 2 (ユースカンパニー/NDT2)〉に入団。2年後にNDT1に昇格。
NDTに11年間所属後フリーとなり、マッツ・エック版 『Juliet&Romeo』ジュリエット役、サシャ・ヴァルツ『Körper』 などにゲスト出演。 渡辺レイ、小㞍健太と〈Opto〉として活動、シディ・ラルビ・シェルカウイ率いる〈EASTMAN〉にも所属し出演多数。クロノス・クァルテット、ピアニスト 向井山朋子、能楽師 安田登、建築家 田根剛、ファッションデザイナー 廣川玉枝などとコラボ作品を発表。 2019年第13回日本ダンスフォーラム賞受賞。

 

【INFORMATION】

スー・ヒーリー 『ON VIEW:Panorama』(世界初演)

【横浜公演】
会期:2020年1月31日(金)~2月2日(日)
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
http://yokohama-dance-collection.jp/program/program01/

【愛知公演】
会期:2月7日(金)~2月9日(日)
会場:愛知県芸術劇場 小ホール
https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/detail/000177.html#000177

振付・演出・映像:スー・ヒーリー
出演:浅井信好、湯浅永麻(日本)、ジョゼフ・リー、ムイ・チャック-イン(香港)、ナリーナ・ウェイト、ベンジャミン・ハンコック(オーストラリア)
委嘱製作:愛知県芸術劇場、Freespace West Kowloon Cultural District(香港)
共同製作:横浜赤レンガ倉庫1号館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
Performance Space in association with Sue Healey(オーストラリア)

 

横浜ダンスコレクション2020
「Cross / Real / Identity」

会期:2020年1月31日(金)~2月26日(日)計17日間
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館及び屋外広場、横浜にぎわい座 のげシャーレ、象の鼻テラス
主催:横浜赤レンガ倉庫1号館[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]

 

LINEで送る
Pocket

この記事のURL:https://acy.yafjp.org/news/2020/88005/