2008年から毎年開催されているアートフェスティバル「黄金町バザール2020」が今年も9月11日にスタート。10月11日までの第1部では、黄金町で滞在制作するアーティスト42組が展示を行う。多くの海外アーティストが来日できなくなるなど新型コロナウイルスの影響を受けるなか、どのような思いで準備してきたのか。本展ディレクターの山野真悟さんとアシスタントディレクター・キュレーターの本田真衣さん、参加アーティストの三輪恭子さんにお話を伺った。
改めて考える「コミュニティ」
京急線「日ノ出町駅」〜「黄金町駅」間のエリアに点在するスタジオを巡る「黄金町バザール」。例年アジアを中心とした多くの海外アーティストを招聘しているが、大幅にプログラムを変更し、第1部ではまちに滞在して作品を制作する「Artist in Residence(AIR)」プログラムの参加アーティスト42組、第2部では国内外のゲストアーティスト9組が展示を行う。
今年は海外アーティストが来日できなくなっただけでなく、アーティストが地域に関わるきっかけでもあったお神輿や盆踊りがなくなってしまい、マルシェや毎月のアーティストミーティングも実際に集まって実施することはできなくなってしまった。まちとの関係性を意識しながら作ってきた黄金町バザールの今回のテーマ「アーティストとコミュニティ」は、そんな状況の中、まさに原点に還るものだ。
「これまでも多くのレジデンスアーティストがバザールに参加してきましたが、これだけの人数が出るのは初めて。結果的に黄金町のアーティストを紹介するいい機会になりました」と話す山野さん。多様なアーティストを輩出してきた黄金町だが、近年ではレジデンス施設退去後も近場に拠点を構えてもらえるよう積極的に働きかけている。「我々のNPOの施設の数には限度がありますが、劇作家の佐藤信さんの『若葉町ウォーフ』など、ぽつぽつと近所にアート関係の拠点ができています。エリアで活動する人、定住する人を増やすことも含めて地域の活動なのかなと思っています」
本田:「アーティストだけのコミュニティでも、地域住民だけのコミュニティでもなく、アーティストと周囲の関係性が展覧会として出せればいいなと思っています」
皆が「眠る前に見るひかり」
2年半ほどAIRに参加してきたアーティストの三輪恭子さんが今回展示するのは、「眠る間際に見るひかり」を眺めて楽しむための手のひらサイズの装置『おやすみスコープ』。通常は他人と共有することのない、窓から入る外の明かりや壁に映るその反射、読書灯の明かりなど、枕元から見る風景の写真を公募で集め、ポジフィルムに焼き直した。フィルムをセットする小さな装置は、古いおもちゃの形をもとに手づくりした。
三輪:「大学生時代から定期的に、眠る前のひかりをガラケーとかでなんとなくずっと撮っていました。眠る直前と起きた時って、けっこう訳が分からなくなることがあって、あれ実家だったっけ、うちだったっけと、自分が今どこにいるのかもわからなくなる。ああいう寝る時と眠りから覚めた時の時間や空間の忘れ方と、その時に見る光の風景が、無意識につながる通路みたいなイメージが元からあったんです。私の風景はこんな感じだけど、皆どんなもの見てるのかなという興味がちょっとずつ芽生えてきて、友達にも写真がほしいと言って送ってもらっていました。
それが作品になるかどうか分からなかったけれど、並べて見ていたときに、昔、香港のおみやげで風景の写真を見るおもちゃがあって、それを押入れで眺めていた記憶が浮かんで。押入れで一人で時間を忘れて没頭する感じとすごく似ているんじゃないかと思ったんです」
友人からコツコツ集めた約40枚に加えて、町内会を通じて声かけをした近隣の住民や、これまで黄金町で出会った国内外のアーティスト、公募を見た全国各地の人が送ってくれた写真をポジフィルム化。会場で装置とともに展示するほか、家の布団の上でも眺められるよう、装置とランダムなフィルム10枚のセットを限定販売する。
新しい表現方法を模索
常連アーティストの作風の変化も、黄金町バザールの楽しみの一つだ。AIRに参加するアーティストは若手からベテランまで、滞在期間も表現方法もさまざま。そうしたアーティストに囲まれている環境が、実験的な作品制作を後押ししているのかもしれない。
本田:「今回、普段はアクリル画を描いている葉栗翠さんとこれまでインスタレーションを制作していた常木理早さんが、長年陶芸をやっているさかもとゆりさんに教えていただいて陶芸にチャレンジしています。やはり焼いた時には形が変わってしまい、想定していたものと違うものができあがるので、そこが面白いところでもあるけど難しいと話していました」
まちの変遷とともに
戦後は違法風俗店街だったという特異な歴史を持つ黄金町では、まちを歩いてその変化を感じとることも大きな醍醐味だ。そうした特徴に合わせ、各スタジオ・ギャラリー内の展示だけではなく、屋外を歩きながら楽しめる作品も毎年設置されている。
山野:「この展覧会は、小さな会場をいくつも巡りながら作品を鑑賞いただくつくりになっていますが、考え方としてはパブリックアートのようなもの。基本的に一つひとつの作品を丹念に見て歩くような意識でなくても、エリアの中を歩きながらふと目に止める、そういう意識で良いのではと思っています。特に今は長い時間じっくり見てくださいという言い方はできないので、このまち独特の雰囲気も含めて、まちの様子がどのように変わっているかということを注意しながら見ていただけると良いと思います」
スタジオの入り口や窓辺に展示する「ウィンドウ・ギャラリー」の作品数も増加。展覧会終了後も鑑賞することができる。
13回目を迎え、予期せぬ事態に対応しながら作られた黄金町バザール。第2部やヨコハマトリエンナーレ関連プログラムと併せて、ぜひ繰り返し訪れてほしい。
文:齊藤真菜
写真:※以外 大野隆介
【イベント情報】
黄金町バザール2020―アーティストとコミュニティ
会期:第1部 2020年9月11日(金)〜10月11日(日)
第2部 2020年11月6日(金)〜11月29日(日)
会場:京急線日ノ出町駅・黄金町町駅間の高架下スタジオ/周辺のスタジオ/地域商店/屋外空地ほか
住所:横浜市中区黄金町1-4先 高架下スタジオSite-B(黄金町エリアマネジメントセンター)
開館時間:11:00-19:00
休場日:毎週木曜 ※10/8を除く
料金:<一般> 1,000円 (大学生・専門学校生含む)
<高校生以下> 無料
※パスポート1部で第1部、第2部とも鑑賞可能
※障害者手帳をお持ちの方と同伴者1名は無料
<横浜アート巡りチケット> 一般¥2,800、 大学生・専門学校生¥2,000
*新型コロナウイルス感染症予防に関する注意事項
事前予約不要。鑑賞前に黄金スタジオまたは日ノ出スタジオいずれかのインフォメーションで要受付。検温等あり。
第1部参加アーティスト:阿川 大樹、秋山 直子、アトリエ日ノ出町、安部 寿紗、阿部 智子、イクタケマコト、オーウェン・ラオ、岡田 光生、片桐 三佳+木下 直人、金子 未弥、カルビン・バーチフィール、神田 茉莉乃、キム・ガウン、肥沼 守、ごとうなみ、近 あづき、さくらアリス、さんにん工房、Johnagami Lab×伊佐 優花、スザンヌ・ムーニー+堤 涼子、SUZUKIMI、studio wo、竹本 真紀、千々和 佑樹、常木 理早、寺坂 勇毅、寺島 大介、葉栗 翠、東地 雄一郎、平山 好哉、水辺荘+河北 直治、三ツ山 一志、宮内 由梨、ミヤケ ユリ、三輪 恭子、メリノ、安田 拓郎、山本 貴美子、吉本 直紀、レイモンド・ホラチェック、RED Profile、ローランス・ベンツ
第2部参加アーティスト:RL + NM、アルフィア・ラッディニ、カオ・ツネヨシ、トン・ウェンミン(童文敏)、藤田 淑子、ホアン・グッガー、安田 葉、山田 悠、ラルフ・ルムブレス
【プロフィール】
山野真悟(やまの しんご)
1950 年福岡県⽣まれ。1978 年よりIAF 芸術研究室を主宰、展覧会企画等をおこなう。1990 年ミュージアム・シティ・プロジェクト事務局⻑に就任。1990 年より隔年で街を使った美術展「ミュージアム・シティ・天神」をプロデュース。「まちとアート」をテーマに、プロジェクトやワークショップ等を多数てがける。2005 年「横浜トリエンナーレ」キュレーター。2008 年より「⻩⾦町バザール」ディレクター、翌2009 年⻩⾦町エリアマネジメントセンター事務局⻑に就任。2014年芸術選奨⽂部科学⼤⾂賞受賞。2016 年横浜市⽂化賞受賞。
本田真衣(ほんだ まい)
1981年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部人文社会学科美学美術史学専攻卒業。大阪デザイナー専門学校インテリアデザイン学科卒業。国家公務員、インテリアデザイナーを経て現職。
三輪恭子(みわ きょうこ)
1982年宮崎県生まれ。福岡教育大学大学院教育学研究科修了。2018年より黄金町AIR参加。「”個”の祝福」をテーマとし、彫刻、インスタレーションやドローイングなど、様々な手法で作品を展開、時間と共に忘れ去られてゆく個人や場所の記憶に揺さぶりをかけ、その存在の肯定を試みる。主な展示歴として、2017年「Local Prospects 3 原初の感覚」( 三菱地所アルティアム、福岡)、2019年「VOCA展2019 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」(上野の森美術館、東京)など。