コストをかけて模索する“新しい出版の形”
― お二人とも、他社からの取材や寄稿経験はおありだと思いますが、なぜ自社で本を出そうと思ったのでしょうか?
福井 元々リノベーションや空き家の仕事について、本を出しませんかという話はちょくちょくいただいていました。でも上代は1,500円〜1,800円くらいでとか、サイズはこれくらいでとか、何ページはカラーであとは白黒で、といった出版社側の売るための制限みたいなものがわりとあるなと思って、全然気が乗らなかったんです。いまさらリノベーションとか空き家の話が聞きたい人ってそんなにいるのかなという疑問とかもいろいろあって。
もし自分が出すとしたらどんな人の話を聞きたいかな、どういうのを見てみたいかなと考えた時に、自分がお金を出して作った方が絶対再現性が高いなと。とりあえずアマゾンには出さないことと、一カ月間は自社だけで売るというルールだけを決めて、あとは関わってくれた人でもう自由にやろうという感じで作ったのがこの本です。
― アマゾンに出さない理由は何ですか?
福井 いまはやはりネット中心で出版業界は難しい状況になってきていると思うんですが、いかに一番始めに瞬間風速を出してランキング上位に入れて、というのがアマゾンの本の流通なんだなというのがわかって。本を作るのってわりと手間暇がかかるのに、いきなりトップスピードを出してPRを頑張って一カ月くらい売れるけどそのあと失速してしまう。それって何に重きを置いているんだろうと。本業ではないのでめちゃくちゃ売りたいという気持ちもない中で、そういう本が作りたい訳じゃないもんなと思ったんです。
何かもう少しオルタナティブというか、違うやり方でちょっとやってみてそれを連続させることによって、「確かにそういうやり方もあるよね」と思ってくれる人が少しでもいたら面白いなと。
瀬尾 うちはアマゾンでも売っているんですが、いまのお話を聞いてけっこう近い立場だと思いました。これで売上が立つとかそういう期待は、実はそれほどないのですが、それでも何で作っているかというと、雑誌の制作を通じて哲学を勉強してみたいということ、そして「編集する」ってどういうことなのか実践を通してわかるかもしれないという期待があるからです。一番ほしいのは本を作る中で考えたことや、そこで見つけた哲学的に言うところのある種の真理みたいなものですね。お金を払って勉強しているようなところはあります。
福井 そこは僕もそうですね。やってみて初めてわかったこともいっぱいありました。
瀬尾 本作りや流通の仕組みであったり、取材されて上がってきた記事からも学びがあったり、得るものがたくさんありますね。
福井 今回北京の設計事務所に行って取材しているんですが、出版社になることでいろんな人にフリーパスで会いに行けるのは、役得でしたね。取材してくれるのは編集者なんですが。
瀬尾 口実が生まれますよね。自分は大学で哲学を勉強したわけではないし編集者としては全くの素人なのに、雑誌という体になるとなぜか話を聞きに行けてしまうんですよね。
“ゼロイチ系”プロジェクトの始め方
瀬尾 会社ではどんな説明をされたんですか。
福井 会社には説明しなかったですね。知り合いの編集者とデザイナーに一緒に作ろうとお願いして、ずっと3人でやっていたので、勝手に作り始めてでき上がったよって言って終わり。自分は出版社のポジションになろうと思ったので、3割くらいは「こういう感じにしたい」と言ってはいますが、ディテールは編集者たちに任せています。
― 『ニューQ』の方は社員さんも一緒に作られているんですよね。
瀬尾 はい、それ以外にも社外の編集、デザイン、アーティストマネジメントのサポートメンバー含めて編集部が形成されています。編集が未経験だったので、編集が専門のメンバーからは、赤入れや台割りはこう書くというレベルから教えてもらいました。
― 社員の皆さんの評判はどうですか?
福井 スタッフの評判はけっこう良かったですね。「あいつは何を作ってるのかよくわかんない」と思われていたかもしれないけど、ツイッターとかでいろんな人の読んだ感想を見て、「あ、これ面白いんだな」と認識する人もいて。
瀬尾 社員の評判は高いですね、自画自賛です(笑)。
― 社員さんが提案して通るかと言ったらなかなかそうではない、すごく贅沢な企画ですよね。
瀬尾 大企業だと広告やPRの費用として予算が付くかもしれないのですが、零細企業でこの予算をかけると言われるとさすがにウッとなりますね。
福井 うちは好きなこと何でもやっていいよと言っても、ゼロからイチを生み出すいわゆるゼロイチ系の人はあまりいないので、本をたくさん売ったとしても利益にはならないという話だと、いくら面白いものを作ってもスタッフのモチベーションはそんなに続かないと思うんです。だけどまず自分がやってみて、お金とは違うところでのリターンがちゃんとあることを示せると、たぶん次はスタッフにちょっとサポートに入ってもらえるようになる。
だから正しそうな理由が言えない案件に関してはとりあえず自分だけでやるというのが、一応の決めごとですね。
瀬尾 ある種のスケープゴートとして自らやってみる。これはたぶん全国の経営者が知りたいことですよね。「ゼロイチで何かを始められる社員がいない」という悩みをよく聞きます。それはつまり、新しくて面白そうだけれど理由の付けづらいことをどう会社としてやっていくかということですよね。
雑誌作りを通して「考える」
― お話を聞く相手はどのように選んだんですか?
福井 山口博之くんという編集者にリストを挙げてもらって、それをすり合わせていきました。
瀬尾 この号のテーマは最初から決まっていたんですか?
福井 一番始めは、たとえばバラエティ番組で、司会者がいて、ひな壇の一列目に座っているのは芸人でいうとわりと売れている人、二列目にはそれを盛り立てるガヤみたいな人たちですよね。で、三列目の司会者から一番遠いところには、なんだかクセある人たちが多いよねという話をしていて。声は大きくてある程度一家言あるというか、思想はあるけどもう一列目になろうとも思ってない人とか、これからの若手だとか。
― 「三列目からの視点」の話を巻頭でもされていましたね。
福井 一列目の人たちはネットでも情報が取れるから、そういう人たちの話こそ実は聞きたいけど尺がないから詳しく聞けない。そこを聞いてわざわざ本にすることが面白いと思ったんです。
瀬尾 三列目の人は、時間の経過に強そうですよね。普通の出版社で出される本との違いの一つとして制作期間が長いというのはあると思うんですが、うちも制作に一年以上かかっているんです。そうすると、いま旬の人を取り上げようという発想があまり出てこない。
ー 福井さんは、ある程度タイムレスな内容にしようと意識されていましたか?
福井 そうですね、旬じゃないというわけではないかもしれないですけど、どのタイミングで買ったとしても「こういう人がいるんだ」とわりと新鮮に思える、そういうコンテンツだったら面白いなとは考えました。
― わかりやすさというのはどれくらい意識されていますか?
瀬尾 自分は仕事柄ものごとをわかりやすく見せることを強く求められていたので、また自分でも読める哲学の雑誌を作ろうと考えていたため、自然とこの形になった気がします。哲学というと難しい文献を読んで議論ができる一部の人たちだけのものというイメージがありますが、もう少し敷居を下げて民主化したいと思いました。またわかりやすさだけでなく、いろんな人に「これは自分に関係のある哲学の本だ」と思ってもらえるような仕かけづくりをしています。
たとえば最新号は「公共」を裏のテーマにしていますが、公共って何となく公共政策を決めているような人しか興味がないんじゃないかという漠然としたイメージがあると思うんです。それを実はみんなに関係のある話なんですと伝えたいけれど、あまり啓蒙的になっても面白くない。そこで「公共についてSF作家と考える」といった切り口を用意すると、「何か面白いかもしれない」という雰囲気が出てきて楽しめるのではないかとか、そんなことを考えながら作っていました。
― 一見どうテーマとつながるのかすぐにはわからないけれど、間口の広がりそうなコーナーも多いですよね。アンドサタデーさん(逗子市で土曜日だけ開く珈琲店)のコラムとか、キャンセル・カルチャーの解説とか。
瀬尾 雑誌を作ってわかったことの一つとして、「雑誌ならではの面白さとはなにか?」というようなことがあって。記事単体では雑誌のテーマとして成立していないような気がするけれど、いろいろな切り口の記事がならんでいるとまた別の意味合いを帯びてきて、実はテーマを考えるための重要なピースのような気がしてくる。それらを集めながら作っていくと、テーマに対して今まで考えたこともないようなことが見えてくるということがありました。
― 創刊号は作りながらご自分たちのやりたいことが見えてきている感じがわかって、入っていきやすかったです。
瀬尾 哲学は基本的に文章で論文を書く作業が中心なんですが、それ以外に、日常的に「哲学をする」という行為のことを創刊号から考えていました。近年「Philosophy Through X」という議論の流れがあります。たとえば「Philosophy Through Cinema」においては、映画の中で、映画という媒体ならではの方法でいかに哲学的な思索がなされているのかといったように、さまざまな手段を通して哲学的に考えることの研究がされています。ちょうどいま雑誌ならではの哲学、「Philosophy Through Magazine」みたいなものがあるとしたら、それはどういうことなのか考えていまして、どこかで発表したいと考えているところです。
― 『ニューQ』自体を批評するみたいなことでしょうか?
瀬尾 「雑誌を作りながら考える」という独特の行為があって、たぶんそれは論文集をまとめるということとは、少し違うのではないかなと考えています。きっと『NOT YET―ALREADY』でもあると思うんですが、そこで考えられていることは、論文や個別の人の知識をただ並べただけでは得られなくて、編集を通して一冊の冊子にすることでようやく気づきがある。それが雑誌なのかなと、3冊作ってようやく体感ができてきたところなんですが。
読者に届くまで
― 福井さんは、一冊作ってみて見えてきたことはありますか。
福井 まだ全然見えてないですけど、とりあえずこの続編を作ろうと動いています。3冊とか5冊出すと、もう少しわかってくるかなというかんじですね。
単純に勉強になったことといえば、これは上代が2,500円なんですけど、別に儲かるわけではない(笑)。相当売らないと回収できないことはわかりました。でもここから派生して人と知り合えたり、見てくれた人から何か仕事の話がきたりといったことがあれば良いとは思っています。
瀬尾 雑誌はただ作ったものを売るだけでは回らない業態なのかもしれないですね。その代わりに広告を入れるのか、売り上げとは別の価値を定義していくのか。
福井 雑誌だけで収益化ってできるんですかね。
― お二人の会社よりさらに小さい規模の出版社さんのお話では、これくらいのボリュームの雑誌だと1万部ぐらい売れれば食べていけるとおっしゃっていましたね。
瀬尾 自分も計算すると1万部かなと思いましたが、それは大変ですね。
― 1万部は大変ですよね。ちなみに『NOT YET―ALREADY』と『ニューQ』はそれぞれ何部発行されていますか?
福井 3,000部ですね。
瀬尾 うちは1,500部ぐらいですね。
― 売り方はどうやって決められたんですか?
福井 自社サイトだけで始めの一カ月売っていたら、「取り扱わせてもらえませんか」とメールをいただくようになりました。蔦屋書店や、首都圏や愛知のセレクト系の本屋さんで扱ってもらっています。それぞれの書店さんがインスタグラムとかで発信してくれて、見た人がまた発信してくれて。
― 自分たちではあんまり営業をかけることはないんですか?
福井 営業はかけていないですね。
― 『ニューQ』は小さい取次が入ってらっしゃるんですよね。
瀬尾 そうですね。アマゾンだけ会社から倉庫に直接発送していますが、あとは全部H.A.Bookstoreという書店から流通、出版まで一人でされている素敵な取次の方にお願いしています。我々が本当に素人でスリップ(※本にはさむ売上伝票)って何ですかみたいなところから始めたので、すごく助けられています。
売る努力は正直あまりできていませんが、「ポッドキャストを始めて人気が出たら、それ経由で本が売れるんじゃないか」と浅はかに考えてポッドキャストを始めたり、さらにはポッドキャスト用のラジオCMを録ったりまでしています。正直、宣伝になっているかというとほとんどなってないですね。
― でも楽しそうですね(笑)。
瀬尾 年に3人ぐらい「ポッドキャスト面白かったので雑誌買います」と言ってくださる方がいます(笑)。
― ほかに嬉しかった反応はありますか?
福井 僕は本当に人と会うことが少ないので、本を読んで「何となく奥で考えてることわかった気がした」と言ってくれる人がいたり、ほめてもらえたりするとすごく嬉しいですね。
瀬尾 建築でほめられるときと嬉しさに違いはあるんですか。
福井 初めてやったことなので、やっぱりお金じゃなく新鮮というか。リノベーションは大体3カ月〜半年ぐらいなんですが、これは2年ぐらいずっとやっていたので、こっちの方が向き合っている時間としては長かったんです。コロナの影響で差し替えもあってけっこう労力がかかったので、やっぱりほめられると時間をかけた分だけ嬉しさは増しますね。
瀬尾 建築より時間がかかったって面白いですね。
—–
それぞれの業界では、先駆的な事業を興す人、ユニークな仕事をしている人として同業から一目置かれる存在の福井さんと瀬尾さん。まずは自分でやってみて社会の構造を捉えるという二人の姿勢が、発行するメディアにも表れている。誰からも頼まれずに作った雑誌を手に取り、何を考えているのか推理することで、次の社会が見えてくるかもしれない。
会場協力:Archiship Library&Cafe
文:齊藤真菜
写真:大野隆介
『NOT YET―ALREADY ものと空間をめぐる3列目的視点―「まだ」と「すでに」の間』
発行日:2021年3月1日
企画・編集:山口博之(good and son)
デザイン:大西真平
発行者:福井信行(ルーヴィス)
発行所:株式会社ルーヴィス(住所:横浜市南区高根町3-17-3 メトロ阪東橋駅前7F・8F)
印刷・製本:藤原印刷株式会社
URL:https://store.roovice.com/collections/top/products/not-yey-already
『ニューQ: 新しい問いを考える哲学カルチャーマガジン Issue 03名付けようのない戦い号』
発行日:2021年6月16日
発行人・編集長:瀬尾浩二郎
編集:今井祐里、八木あゆみ、難波優輝、永井玲衣
デザイン:小玉千陽
アーティストマネジメント:城光寺美那(JPNK)
カバービジュアル:HATRA
写真撮影:TOKI、立山大貴、山本華
発行所:株式会社セオ商事(住所:横浜市西区みなとみらい4丁目9番1-B2508号)
印刷・製本:藤原印刷株式会社
URL:https://newq.theocorp.jp
合わせて読みたい創造都市横浜
横浜の戦後建築遺産と創造都市 vol.3 ルーヴィス・福井信行さん&住吉町新井ビルオーナー・入居者インタビュー(2017.06.29)