2022-03-25 コラム
#寄稿 #パフォーミングアーツ #助成 #ACY

around YOK vol.10『コロナ禍で「待つ」農村と、「動き続ける」アート』武田力さん

創造都市・横浜を経由して様々なフィールドで活躍するアーティストやクリエイターたちが寄稿するシリーズ「around YOK」。第10回は、アーツコミッション・ヨコハマによる若手芸術家助成2016年度・2017年度に参加した演出家、民俗芸能アーカイバー・武田力さん。東日本大震災を機に俳優から演出家に転向し、国内外さまざまな地域での滞在型パフォーマンス制作を重ねながら、滋賀県の民俗芸能継承にも携わる武田さん。過疎高齢化が進む農村の芸能を身体で受け継ぎ続けた先に発生した、2020年の新型コロナウィルス感染拡大。そこで体感された距離や姿勢にまつわる地域的感覚について、書き綴っていただきました。

撮影:辻村耕司

色々な「入り口」の話

新型コロナウイルスの現出から2年が経過した。いつまで続くか知れないこの長いトンネルの始まりとなった2019年12月、ぼくは中国の武漢にいた。武漢の小さなバーの2階を借りて、国籍や性別、年齢といった属性の異なる何人かでアートスペースを始めるべく、準備を進めていたからだ。「年明けにはオープンを」とそこのオーナーに約束をし、機材のすべてをそのスペースに置いたまま、ぼくは武漢を発った。その翌週、武漢は世界中のメディアに取り上げられ、一躍有名な都市となった。そして、ぼくはいまも武漢に戻れていない。

当時は武漢帰りと相手に伝えると露骨に嫌な顔をされたものだ。いまや「ウイズコロナ」ということばに象徴されるように、日本でもコロナは日常化している。ぼくの知り合いも何人とコロナに感染した。そうした状況下でも農村に足を運べば、コロナ前と変わらぬ日々の生活がある。

ぼくの肩書きは「演出家、民俗芸能アーカイバー」としている。演出家の説明は、まあ省略するとして、民俗芸能アーカイバーとは、互恵的な関係性を前提に、ある土地に伝わる民俗芸能を身体でインストールし、必要があるときに誰かへとその芸能やそこで得られた知見を伝える役割を指す。そんな活動を続けていくと、自ずと山奥の農村へと赴く機会が多くなる。そのひとつに、滋賀県高島市の朽木古屋集落に継がれる六斎念仏踊り(※)がある 。戦後の高度経済成長による急激な社会構造の変化によって、集落で生業を立てることが難しくなり、過疎高齢化が進むとともに古くから継がれてきたこの六斎念仏踊りを続けることができなくなった。芸能が途絶した状態にあった2016年、ぼくを含むアーティストを集落の外から呼んできて、継承者であるおじいちゃんたちと協働しての継承活動が始まった。

朽木古屋の六斎念仏踊りが再開された2016年8月14日奉納の模様 撮影:辻村耕司

2017年からは、かつて行われていた集落内の各家を回っての奉納も再開した 撮影:西川明夫

新たな「入り口」を設けることで興味を抱く人はいるものだ。継承に汲々していた朽木古屋の六斎念仏踊り(以下、六斎念仏と表記)に関わりたいという人は、年を経るごとに集落の内外から徐々に集まり、増えてきている。もちろん、この場合における継承とはなにか、つまり、六斎念仏だけではない多岐にわたる土着の信仰や生活を別にする人たちを入れて、芸能だけを続けていくことは継承に当たるのか、という議論はその土地の人たちを交えて丁寧に行われるべきだが、ここでは割愛する。


(※) 六斎念仏とは、空也や一遍を祖とする踊り念仏の流れを汲む盆行事のひとつで、精霊供養として踊られる民俗芸能である。関西では若狭から京都へと海産物を卸した鯖街道沿いに伝承・発展し、生活の在り方に根ざした、特色のある六斎念仏が各集落で継承されてきたという。しかし現在では朽木古屋の六斎念仏踊りが高島市内では唯一、滋賀県内でも数少ない伝承となり、1998年には県選択無形民俗文化財に選定されている。


「待つ」農村

2020年に入って、新型コロナウイルスは日本でも猛威を振るうようになり、ぼくたち集落外から六斎念仏に関わる人間は、集落に立ち入れなくなった。いわば集落によるロックダウンだ。もちろん、実際には日本でそうした行為は認められていないし、集落の前を走る県道は普通に通れる。だが、高齢者の多い集落の現状と、取り巻く周りの集落の目もあり、この「ロックダウン」は現在も続いている。なので、朽木古屋での六斎念仏の奉納もここ2年は行われていない。電話でたまに集落のおじいちゃんと話をするが、コロナ前と変わらない生活を送っていると聞く。そもそもソーシャルディスタンスなんて概念も、人の絶対数が少ないために都市と比較すればこれまでどおりの生活を営めるし、集落ではマスクも着けていないという。警察などの行政も山奥過ぎて都市部ほどの関与はできないので、住民たちである種の自治をいまも営み、そこに六斎念仏を含む土着信仰が息づいている。つまり、コロナ以前から自分たちの置かれている環境を捉え、それを身体化しながら、なにが安全でなにが危険かを感知して彼らは生きてきた。それは都市部に生きる人間にとっても同じであるが、朽木古屋のような里山に生きる場合、その対象は人間だけではなく自然も含まれる。その自然とは今回のようなウイルスも対象となるだろう。


朽木古屋集落。人口が減少し、不耕作地が増えている。ここもかつては一面田んぼだったと聞く。(引用元:Google Map)

2020年6月、お盆に行われる奉納を実施するか否かの話し合いがあった。ぼくは上記の「ロックダウン」もあり、その場には立ち会えなかったが、朽木古屋六斎念仏踊りの保存会長と、その継承事業をサポートしている事務局の間で以下のようなやりとりがあったと聞いている。

保存会長「1年後だったら、きっと普通に戻っている。またできる」

事務局「しかし、新調した太鼓のお披露目はしたほうが良いのでは?」

保存会長「太鼓は逃げへんから。来年またできるし」

保存会長含め、継承者のおじいちゃんたちはゆうに80歳を越えている。にも関わらず、来年の約束を交わせることはすごいことだと、この場に立ち会った事務局の方は言っていた。ぼくもそう思う。でも、これがいわゆる約束に当たるかは微妙な気もしている。というのは、彼らおじいちゃんたちは自身が死んだとしても「待ち続ける」のではないかとも思えるからだ。彼らを取り巻くのは、自分が死んでも、誰かが/何かが「自分」を継いでくれるという安心感なのではないだろうか。そして、これは都市には生じにくい考え方だろう。

このコロナ禍において「待つ」朽木古屋集落に対して、ぼくは当地の六斎念仏を習いたいという希望者に向けて、オンラインで稽古をつけている。我々アーティストと呼ばれる者が加わって継承活動が再開した2016年以降にも見られた傾向ではあったが、特にオンライン稽古を開始してから都市に住まう参加者が増えた。それは朽木古屋集落を訪れる際には車でないとアクセスが厳しいし、そもそもお盆は毎年予定が入っている方も多いので、そうした制約のないオンラインのほうが参加しやすいという側面もあるとは思う。でも、この要因は、コロナによって都市が一時的にせよ機能停止した結果、生じた空白を埋めようとする人間の本能的な衝動なのではないかとも思っている。都市に生きる人たちは、経済的な豊かさや便利さといった環境に身を置くことで、都市における身体性を獲得してきた。それらがコロナによって奪われ、露呈した空白を、コロナにも揺るがない里山の身体性で埋めようとしているのではないだろうか?

そう考えると、改めてアートは資本主義/都市の側の要素なのだなあとも思う。事実、このコロナ禍で朽木古屋の六斎念仏踊りはオンラインを用いた都市に向けたものに変化してきた。もちろん、文化は動きを止めると消えてしまうことも往々にしてあるから、待つおじいちゃんたちを尊重しつつも、また彼ら/集落が動き出そうとしたときに向けて、動き続けなければならない側面はある。そしてぼくは「アート」をする側の人間として、ある意味で「待つ」おじいちゃんたちを動かし続けなければならない。そのことに、ぼく自身が都市やアートの内包する「寄る辺なさ」を感じてしまう。なにをそう急かす必要があるのか? どんなに素晴らしい文化だって無くなるときには無くなるし、それは集落に関しても同じだ。にも関わらず、周辺でオンラインだのを持ち出して動き続けることは、誰のためで何のためなのか? そうした行為自体が、この朽木古屋集落から生業を奪った資本経済主義的な発想に基づくものではないだろうか、とさえ思えてくる。

それでも「動き続ける」アート≒資本経済に基づく都市

コロナに接するいまの都市を見つめれば、ステイホームと言いつつ「動くこと」が推奨されている。小池東京都知事は2022年1月14日の定例記者会見で「感染を止める。社会は止めない。二刀流で強敵のオミクロンに打ち勝っていく」と述べた。文化庁が、コロナで活動の自粛を余儀なくされた文化芸術団体に対する助成として実施しているArt for the future!事業についても、その事業の概要として、「積極的に公演等を開催し、文化芸術振興の幅広い担い手を巻き込みつつ、〈新たな日常〉ウイズコロナ時代における新しい文化芸術活動のイノベーションを図るとともに、活動の持続可能性の強化に資する取り組みを支援」すると明記している。これは先に書いた「自分たちの置かれている環境を見つめ、それを身体化しながら、なにが安全でなにが危険かを感知」する行為を促す施策とも言い得るのかもしれないが、いずれにせよ都市は「動き続ける」ことで経済を回し、はじめて成り立つ共同体と言えるのだろう。そもそも自然物のひとつであるウイルスに対して、打ち勝つとはどういうことなのか。この考え方も農村にはあまりないように思える。

さて、この文章のタイトルは『コロナ禍で「待つ」農村と、「動き続ける」アート』であるが、ここまで書いてきたとおり、アートの側に資本主義や都市を置いている。もちろん、アートにはアートの、都市には都市の、農村には農村の、そして人間ひとりひとりに役割や価値があるが、コロナによって現代を生きる多くの人が信じてきた都市や経済の限界が露呈し、それぞれが持ち合わせる価値観や潜在性が問われる事態となり、分断は深まったように思う。でもそれは良いことかもしれないとぼくは思っていて、個々人がこのコロナ禍によって気付けたことを、どう今後の生き方や社会に活かしていけるかというフェーズに入りつつあるのではないか? 長いトンネルの先に見える光は、この意識変革の彼方にある。そのとき、アートにはなにができるのだろう。

2000年以降の日本のアートは、アートを道具にいかに経済を動かすかに、その着眼は置かれてきたと思う。一時期、日本各地に乱立したアートフェスティバルの目的も、その経済的観点によるところが大きい。もちろん、経済も大事ではあるが、じゃあアートはお金にさえなれば何でもいいのか? お金にならないアートに価値はないのか? 少なくとも個人的に興味を抱くアートは、観客自身が自身の「身体」を育んでいくアートである。それはアートをすることの内面化とも言えるかもしれない。例えば、いまぼくが教えている六斎念仏の振りはみんなかなりバラバラだ。それは朽木古屋の六斎念仏踊りの型を各参加者が身体に入れた上でのバラバラであり、ぼくが共有できるのはその型までである。あとは毎夏(もっと正確には日々)変わっていく自分の身体や価値観などと適宜相談しながら、そして、六斎念仏をともに踊る仲間のそのときそのときの様子を見ながら、自分で自分の振り方を見つけて欲しい、その対話を自身の内で続けて欲しいと参加者には伝えている。それは自身の身体を育む行為であると思うし、従来までのように同じ集落に住んでいるわけではない者同士が集まる以上、身体性も考え方もより多様になることは必然だろう。であれば、同じ型でありつつも、振り方はより多様になるはずだ。個性とはそういうものではないかと思っている。少なくともぼくはこの六斎念仏が、いまの人生を形づくる大切な血肉のひとつとなっている。そうしたオリジナルの生き方を選び取るために、朽木古屋の六斎念仏踊りに触れようとするとき、その媒介となるアートは道具/toolではなく、つなぐ/pieceとしての役割を果たすのではないだろうか。

【プロフィール】

film by Samantha Lee ©CNN Philippines

武田力(たけだ・りき)
立教大学で初等教育学を学び、幼稚園勤務を経て、演劇カンパニー・チェルフィッチュに俳優として参加。欧米を中心に活動するが、東日本大震災を機に演出家となる。

「警察からの指導」「たこ焼き」「小学校の教科書」など日常に近い物事を素材とし、観客とともに現代を思索する作品を展開する。また、演劇の手法を用いた過疎集落における民俗芸能の復活/継承も各地で手掛け、その経験を活かして「農」と「アート」の関係性を実践を通して研究する奥八女芸農プロジェクトに参画する。近年はフィリピンの国際演劇祭・Karnabalや、中国・上海の明当代美術館で滞在制作を行うなど、その活動を拡げている。

2016、 2017年度アーツコミッション・ヨコハマ創造都市横浜における若手芸術家育成助成」に選定。2019年度に採択を受けた国際交流基金「アジア・フェローシップ」では、フィリピンとタイにおける民俗芸能とアートの関係性をリサーチした。九州大学芸術工学部非常勤講師。


【インフォメーション】

庄内つくる春祭り〜パレード、ライブ&本気の遊び〜
日時:2022年3月26日(土)
会場:大阪・豊中市グリーンスポーツセンター
http://touchonart.net/category/syonai

HUB-IBARAKI ART PROJECT『教科書カフェ』


『教科書カフェ』では、検定を経て発行された小学校教科書と歴史年表を対照させながら、教育(国が望む人材像)がどのように変化してきたかを観客自身が探る。この作品も観客自身が自身を育てる行為の促しと言えるだろう。 撮影:瀬尾憲司 @はならぁと

日時:2022年4月〜9月
会場:大阪・茨木市
https://hub-ibaraki-art.com/opencalls/

LINEで送る
Pocket

この記事のURL:https://acy.yafjp.org/news/2022/78292/