アーツコミッション・ヨコハマ(以下、ACY)では注目する人と場を紹介し、創造性を軸に横浜の地域の未来を議論するACYフォーラムを開催しています。第四弾は2024年 8月22日(木)、横浜市市民協働推進センター スペースA・Bにて「続・子どもの居場所・学び場と文化芸術のまちでの交点」を開催しました。
子どもの居場所・学び場づくりに文化芸術はどのように寄与できるか、学校や家庭以外の社会教育・社会包摂の場の作り方を考えたことから、昨年度に引き続き同テーマを深めるべく横浜市や他市町村の事例を聞く場を設けました。
今回は特に中高生の年代との活動に焦点をあて、携わっているユース世代の方々も登壇いただき、声を聞きました。
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第一部:事例紹介
第一部では各地で実践をされている方より活動をご紹介いただきました。
①水戸芸術館現代美術センター「高校生ウィーク」(茨城県水戸市)
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右:水戸芸術館現代美術センター 教育プログラムコーディネーター 中川 佳洋さん
左:「高校生ウィーク」 参加者 大木 花帆さん
水戸芸術館は音楽・演劇・美術を柱とした公立文化施設で、コレクションよりも企画に重きをおき、教育や地域との関わりを重視してきました。水戸芸術館の「高校生ウィーク」は、1993年から続く取り組みで、高校生をはじめとした若い人たちに現代美術に親しんでもらおうと創設したハイティーンパス(2018年販売終了)のお試し・販売促進期間として、春休みに展覧会を無料で鑑賞できるようにすることからはじまりました。1999年ごろから大型プリンターなど当時では珍しい機材を使える広報プロジェクトが始動。他の学校の生徒やボランティアと話すのが楽しいという声から2003年にカフェスペースを設置し、2004年からワークショップ室全体がカフェに。図書や造形コーナー、部活動コーナーなど様々な過ごし方ができるスペースがちりばめられています。
ただ居るだけでも、プログラムに参加するもよく、さらにはスタッフにもなれるなど関わり方が自身で選べます。希望者が3人集まれば、提案できる「部活」の仕組みもあり、作家やスタッフ、ボランティアなど、様々な大人との出会いの場にもなっています。また、現在は高校生の展覧会鑑賞は常時無料になったことから、活動の時期が広がっています。
大木花帆さんは小・中学生の時に参加した演奏会や演劇ワークショップをきっかけに、水戸芸術館に足を運ぶようになり、通算すると何百回と通っているので公民館のような場所だと言います。水戸芸術館は、子どもが自由にしていい、楽しい場所という印象があり、美術だけでなく、演劇、音楽と足を運ぶきっかけが複数あるのが良いのではとのこと。高校生ウィークのカフェは年上の大人たちと、フラットな関係で出会える場所で同じ空間を共有しているというだけで仲良くなれることが魅力と言います。時間がたち、大学進学で上京した後でも大切な人たちだと感じているそうです。
②特定非営利活動法人こころのまま「心のままアートプロジェクト」(静岡県沼津市)
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左:NPO法人こころのまま代表 沼田潤さん
中央・右:静岡県立田方農業高校 多田結衣さん 渡辺宝さん
「NPO法人こころのまま」の代表である沼田潤さんと、静岡県立田方農業高校の生徒の二人が、「心のままアートプロジェクト」を紹介しました。「アートを通じて地域と繋がる、地域を繋げる」を合言葉に、障害を抱える子どもたちや家族と社会、普段は混ざり合わないような人や場所を繋げることを目指しています。
NPO法人の前身は2017年に立ち上げた任意団体。知的障害や発達障害の子どもをもつ母たちが集まって「子どもたちの好きなことや得意なことを見つけよう」、「1人1人の役割をつくろう」、「将来の仕事に繋げて自分らしく過ごせる場所をつくろう」との想いで活動を始めました。言葉でのコミュニケーションが難しくとも、活き活きと表現をする子どもたちを地域に知ってもらうため、展覧会など福祉領域以外の人たちとの交流を企画してきました。
「心のままアートプロジェクト」では、地域の高校生と色員(いろいん)さんと呼ぶの障害のある子どもたちがアートワークショップにより交流を深めます。
どうしたら相手に伝わるのか、伝えてもらえるのか、ふれあって喜びをともに感じること、困りごとや疑問をともに考えることは教科書にない学びです。高校生の主体性を考えて、大人たちが準備をしすぎないようにしました。高校生サポーターが主体となって各回ふりかえりをして、良い環境を作ろうとし、得たものを後輩にも繋いでくれています。
登壇した二人が通う静岡県立田方農業高校は草花や野菜など身近な植物を使った園芸による福祉も学べるライフデザイン科セラピーコースが設けられています。渡辺さんは、将来は看護師を目指していて、心のままアートプロジェクトで学んだ知識や経験を将来に活かしたいとのこと。多田さんは、プロジェクトが楽しかったから2年目も続けたいと思ったのだと言います。
沼田さんはこれからも障害を抱える子どもたちやその家族が社会と繋がる場を作り、将来は何になりたいのか、もっとアートを通じて話し合える環境を作り続けたいと語りました。
③ArtLabOva「横浜パラダイス会館」(神奈川県横浜市)
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左からアーティスト 蔭山ヅルさん、スズキクリさん
高校生 あやかさん ヘンさん
ArtLabOvaは、1996年に横浜の桜木町でアーティストにより設立された非営利団体です。現在は横浜市中区にある多文化な下町・若葉町にて多目的なアートスペース「横浜パラダイス会館」を運営しているほか、福祉施設や学校などへの出張アトリエも開催しています。独立系映画館「シネマ・ジャック&ベティ」のある若葉町に拠点を構えてからは「よこはま若葉町多文化映画祭」「横浜下町パラダイスまつり」などを開催。古くから繁華街として栄え、現在では海外から移住してきた人も多いこの街を通して“世界”を垣間見ることができると蔭山さんはいいます。海外につながる子どもたちが多く、相対的貧困など困難な状況にある子が少なくありません。そこで子どもと関わるプロジェクトを始め、地元のユニークな方やアーティストたちとの様々なプロジェクトが生まれました。
横浜パラダイス会館が開いているのは木曜から日曜。現在は子ども食堂の助成金も用いて、食事を提供したり、フードパントリーも開催しています。子どもたちはふらりと立ち寄ってご飯を食べたり、愚痴を言ったり、勉強したりして過ごします。コロナ禍前に利用していた小中学生が持ち上がり、高校生が主になった今では、一番人が多い時間が22時ということも。
「ほってみる」というプロジェクトでは、「日常の中で出会う制度や枠組みに考えをめぐらせてアプローチを試みること」「能動性そのものに出会うこと」を目的とし、子どもたちの日常的な疑問や不満、願望から出発し、その過程で見えてくるものを探す、世界に触れるというプロジェクトです。魚釣りなどのささやかなことも、アートプロジェクトとして実現させています。
第二部 登壇者によるクロストーク
第二部では学校や福祉現場と芸術文化を繋ぐご経験の豊富な田中真実さん(STスポット事務局長)を聞き手にお迎えしました。ユース世代への質問や、「文化芸術が関わるからこその居場所や学び場」について掘り下げていただきました。
―――ユース世代の声
(田中さん)横浜にもたくさんの文化施設がありますが、市民にとって身近な場所であるためにさまざまな努力をしていると思います。大木さんにとって、水戸芸術館はどんな場所ですか。
(大木さん)職員さんやスタッフさんと近い距離で関わることができて、高校生ウィーク以外の期間に行っても、「久しぶり」「大きくなったね」と言われます。東京だとそれはできないのかなと思います。高校生の時にいたのは学校と家と水戸芸術館といえるくらい、身近な場所でした。
(田中さん)なんで東京だと距離があるように感じてしまうんでしょうか。
(大木さん)縮めようとしたことがあるわけではないから憶測ですが、東京は人口も多いし、展示も美術史での立ち位置など専門的な印象です。水戸は良くも悪くも開きすぎていなくて、市民の人や地域の人を大切にしているけれど、東京は生まれ育ちもいろいろな人が集まるし観光客もいます。対象とする人がそもそも違うのかなと思うと、仲良くなるのは難しいのかな…と。でも、仲良くしてほしいです(笑)
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(田中さん)誰に向けた場所なのかは大事なことですね。また、「開きすぎない」という言葉もありました。開きすぎず閉じるでもない、そのバランスは静岡と横浜のお話にも通じると思います。
続いて、静岡のお二人に質問です。農業高校と特別支援学校の分校が一緒にあるというのは珍しいですね。お二人は障害のある方たちとの関わりは高校に入る前からありましたか?また、こころのままアートプロジェクトで関わったことで印象は変わりましたか?
(渡辺さん)高校に入るまでは障害のある人と関わったことはありませんでした。友達と話すみたいに気軽に話すのは難しいのかなと思っていたけれど、心のままアートプロジェクトに参加する色員さんは同じ年代が多く、話してみると障害のあるなしは関係なくて、全然変わらないんだなと思いました。イメージとは大きく変わりました。
(多田さん)家族が発達障害グレーゾーンで、自分にとっては身近な存在でした。でもグレーゾーンの人と障害のある人は違うんじゃないか、障害のある人は話せない、書けない、何もできないのではというイメージがありました。でも、心のままアートプロジェクトで関わった人たちはずっと手をつないでくれたり、とても楽しそうな笑顔でいてくれたりと、思っていたイメージと違いました。障害の重さやグレーゾーンなどは関係なく、コミュニケーションが取れるんだなと思いましたし、誰にとっても笑顔が幸せの表し方なんだなと感じました。
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(田中さん)「支援する―される」「助ける―助けられる」ではない関係性を築いていたことが伺えますね。続いて、横浜のお二人に伺います。あやかさんとヘンさんにとって(蔭山)ヅルさんと(スズキ)クリさんはどんな方ですか。
(あやかさん)いい良い意味で変なんですけど、私たちに寄り添ってくれて、家族みたいな人です。
(ヘンさん)学校を中退する時にどうすればいいか相談に乗ってくれたり、いい人だと思ってます。
(田中さん)良い人だと思っていた、と過去形じゃないのが良いですね。横浜パラダイス会館に行きはじめたきっかけや、印象に残っていることがあったら教えてください。
(あやかさん)最初はインスタだったかな。困ったことがあって、助けてもらいました。頼れる人ができたと思いました。そこから勉強を教えてもらったりしました。
(ヘンさん)小学生の頃によく横浜パラダイス会館に遊びに行っていたときには踊ってる人がいたり、叫んでいる人がいたり、いろんな人がいるんだなーと思いました。学校にはたぶんいないと思います。
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―――文化芸術やアートだからこその居場所や学びの場のあり方とは?
(田中さん)いろいろな居場所や学びの場がある中で、文化芸術やアートだからこその関わり方や場所のあり方について、伺えますか。
(蔭山さん)「居場所」というのは少し気恥ずかしいですね。飲み屋でもカラオケでも居場所になるけれど違う名前で隠れているだけだと思うので。NPOや学校などミッションがある場所はそれからずれたことはできないですよね。ただそこにていいということ、集まる人の各々の目的が違っても集まれるという場所が大事だと考えています。そこにおいて、アートは受け入れられるものが広いと思います。
(スズキさん)アートという存在は、隙間そのものではないかと思っています。隙間を見出すことによって、人や出来事、社会のうちにある枠組みや制度が浮かび上がってくる。そのことに面白さや創造性を感じます。
(蔭山さん)なにかを作ることを求められている気がしますが、始めは障害のある人たちと活動していたこともあって、何がアートなのかを考えていました。アトリエにやって来ても絵など描かず、たとえば私たちに帽子をかぶせて円陣を組ませて座らせるような人がいて、それが面白かったり、考えさせられたり。
(沼田さん)私たちに美術的な知識はなく、アートと言うのもおこがましいのですが、子ども達が好きそうなのが自分を表現していることなんです。ある方から「活動自体がアートだよね」と言っていただけたこともあって、最近では胸を張って「アートプロジェクト」として活動しています。活動を始めた当初、子どもの名前を出すのも避けたいという保護者もいらして、子どもたちを地域の方々に知ってもらう難しさを感じていました。作品を通じて子どもたちを知ってもらうこともできるので、私たちにとってアートはなくてはならない存在です。
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(中川さん)水戸芸術館が現代美術を中心に扱っているということが大きいでしょうか。「こうじゃなきゃ」ということをフリーにして、真面目に真面目じゃないことができることが重要だと思います。「こうじゃなきゃ」をとっぱらって、その人自身に出会う、その人がやりたいことに近づくことができたのではないでしょうか。現代美術に「こうじゃなきゃ」がないからこそ、いろんなことができていると思います。
―――アートに関わる活動の中での自主性や能動性
(田中さん)居場所も学び場も大人が開かないと生まれない場所ではありますが、その中でも、その場にいる人たちが自分達で決める、考えていくことを各々の現場でされているように感じました。最後に、皆さんがアートに関わる活動の中で自主性や能動性をどのように捉えているのか、一言ずついただけますか。
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(中川さん)大人同士でも、その人が尊重されている、大切にされているかを問い直すことが重要だと思います。そのような空気感がなければ、子どもたちも「ここは自分の場所だ」と感じることはできないのではないでしょうか。そのため、スタッフ側が「今、ここで何が起きているのか」を常に問い直し続けることが必要なのだと思います。
(沼田さん)私たち大人は一歩引いて、今日来てくれた二人をはじめとする高校生たちの自主性を尊重しながら場を託したいという思いがあります。このプロジェクトでの種まきが、10年後にそれぞれのいる場所で花開くと嬉しいです。
(蔭山さん)そもそも、横浜パラダイス会館は約束をして来るような場所ではありません。小学生のときは来ていたけれど、中学生になると来なくなった、でも最近またちょうどいい距離感で来るようになった、というケースもあります。(ヘンさんに尋ねると)「行きたいときに行き、会いたいときに会える。行かなくてもいいときには無理に行かなくていいのがいい」。彼が言うように、この選択の自由がとても重要だと考えています。中高生になると、気を使って「最近行けてなくてすみません」と言う子もいますが、変に恩を感じる必要はありません。
(スズキさん)能動性は、アートにおいて最も重要な要素の一つだと思います。しかし、自分のやりたいことが明確に分かっている人は意外と少なくて、それ自体が社会によって制限されていることもあります。何がやりたいのか、もしくはやりたくないのかとか、それを拾い上げて考えてみることがアートの働きのひとつなのではないでしょうか。
* * *
ユース世代の言葉を聞きたいと考えた、今回のACYフォーラム。文化施設での世代間交流やアートプロジェクトを通じた地域交流、多文化共生の視点を取り入れた活動の展開などそれぞれの活動で、主体性が重視されていました。そして、フラットで個人を大切にする大人たちのまなざしとともに、アートや文化が媒介となることで、自立心の芽生える年代の方々との自然なコミュニケーションが生まれるのかもしれません。これからの時代を生きる人が「まちの中に自分の居場所がある」と思えること、「きっと自分の未来に役立つだろう」と思う経験ができることに文化芸術になにができるか、考えることができる時間となりました。
来場者のアンケートでも9割以上が満足と答え、各団体へのエールのメッセージのほか「大人のねらいや想い以上のことを子どもたちが感じていることに感激しました。そうした信頼を築けるまで持続することの大切さと難しさにも考えをめぐらせました」「10代、ユースの当事者の声がとてもよかったです。自分に何ができるかな?と考える機会になりました。」といった声をいただきました。
ACYでは、これからも文化芸術と社会をつなぐテーマでフォーラムを開催する予定です。ご期待ください。
文:アーツコミッション・ヨコハマ
【ご紹介した事例の参考URL/登壇者プロフィール】
水戸芸術館現代美術センター「高校生ウィーク」(茨城県水戸市)
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高校生ウィーク2024 カフェ風景 撮影:仲田絵美
参考URL
高校生ウィーク2024人とアートに出会う5週間
高校生ウィーク アーカイ部
特定非営利活動法人こころのまま「心のままアートプロジェクト」(静岡県沼津市)
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参考URL
特定非営利活動法人こころのまま
アートワークショップをはじめてみよう!「心のままアートワークショップ」で広がる世界
ArtLabOva「横浜パラダイス会館」(神奈川県横浜市)
参考URL
ArtLabOva(facebookページ)
よこはま若葉町多文化こども企画(facebookページ)
モデレーター:田中真実(認定NPO法人STスポット横浜 副理事長・事務局長)
大学では地理学を大学院では都市計画を学び、地域と芸術文化の関わりについて関心を持つ。2008年よりSTスポット横浜に入職。文化施設や芸術団体と学校をつなぐ横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局、地域文化をサポートするヨコハマアートサイト事務局の運営を行政と協働で行う。2020年より福祉現場と芸術文化をつなぐ神奈川県障がい者芸術文化活動支援センターを運営。NPO法人アクションポート横浜理事。芸術文化分野での中間支援のあり方について模索を続けている。
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主催:アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
共催:横浜市にぎわいスポーツ文化局
令和6年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業