写真に関する企画を各地で行ってきたNPO法人「ザ・ダークルーム・インターナショナル」が、横浜市内の4つの公園などで写真やカメラに関してのワークショップを開催した。暗室にもなる車「PHOTO CABIN」で届けられた体験はどんなものだったのだろう。
横浜の桜木町駅に近い賑やかな一角に「ザ・ダークルーム・インターナショナル」はある。プロのカメラマンからアマチュアの写真愛好家までが、20年来ここのレンタル暗室を活用している。駆け出しのカメラマンの頃にニューヨークやロスアンジェルスで大暗室を利用した経験から、齋藤久夫さんが日本初の本格的レンタル暗室をオープンしたのは1999年のことだ。日本における写真文化発祥地の一つ・横浜ならではの写真という共通のテーマを通して、有名な写真家もアマチュアの愛好家も分け隔てることなく、また熟練のベテランも中学生も世代を超えて、交流できる場としてあり続けてきた。
2004年からは特定非営利活動法人(NPO法人)となり、広く写真の可能性を探る活動を 行ってきた。小・中・高等学校に出向いての写真ワークショップや映像制作への協力、東京藝術大学映画専攻の学生への暗室作業の補助と指導、Yokohama Photo Festivalの開催など、子どもたちから写真家の卵まで幅広い対象に対して、写真文化を支えることに力を貸してきた。
そんな「ザ・ダークルーム・インターナショナル」が昨年の秋に新しい企画を行った。その目玉は「PHOTO CABIN」だ。窓のないキャビンの後部スペースは現像作業ができる移動型の暗室になる。この「PHOTO CABIN」が横浜市内各地の公園に写真体験を届けに出かけた。
このプロジェクトは、日常生活の中で芸術を身近に感じてもらおうと横浜市と公益財団法人横浜市芸術文化振興財団が行う芸術創造特別支援事業リーディング・プログラム「YokohamArtLife」のひとつとして実施された。そのキャッチフレーズは「ようこそアート。わたしのまちへ。」だ。フォトアート体験はどのように届いただろうか。
「PHOTO CABIN」が出かけた公園や広場は4つ。保土ケ谷公園、旭区の左近山みんなのにわ、緑区の四季の森公園、鶴見区の三ツ池公園。いずれも地域の人たちに親しまれている、自然豊かな広い公園だ。
カリキュラム全体の構成は4つのプログラムから成るが単独でも参加することができた。
写真の原理装置「カメラ・オブスキュラ」を作る
「カメラ・オブスキュラ」とはラテン語で「暗い部屋」を意味する。カメラの語源となった言葉だ。15〜16世紀のヨーロッパの画家たちの間で、素描を描くために流行したのだという。レオナルド・ダ・ヴィンチも写生に利用したのだとか。「ザ・ダークルーム・インターナショナル」はこの装置のミニチュアを作るための工作キットを開発した。厚紙を切り取り線に沿って切ったり貼ったりして、外側の箱にレンズをセッティング、内側の箱を差し込めばできあがり。小学生でも簡単に手作りできる。さっそく「カメラ・オブスキュラ」を持って公園に散らばりあれこれをレンズを通して写して見ると、工作キットの中に逆さまに映って見えることに歓声があがった。写真機の原型を手作りすることで、ものの姿を正確に写しとりたいという昔からの人間の願望、写真の原点にふれることができた。
プロが使う機材で撮影したり撮られたりの「カメラマン・モデル体験」
本格的なセッティングと機材でカメラマン気分を味わい、またモデルのどんな表情や姿を残したいのか考えながら撮影することは楽しいながらも集中を要する体験だ。気に入った写真はその場でプリントして持ち帰るのだが、お気に入りの一枚を選んでそれを現像するまでの過程には、撮影者とモデルとの関係性によっていろいろな発見もあった。
空き缶を使ったピンホールカメラで公園内を撮影して、「PHOTO CABIN」内の暗室で現像体験。
・ピンホールカメラとは?
完全に遮光された箱の一箇所に小さな穴(針穴=ピンホール)を開けて、その穴が被写体からの反射光を受け入れて反対側の面に上下左右逆さまに像を形成するという原理のこと。15〜16世紀ごろ、ヨーロッパの画家たちがより写実的に絵を描くために考案された。「ザ・ダークルーム・インターナショナル」は一辺が約1.5mの大人が3人ほど入れる組み立て式のピンホールカメラを所有しており、様々なイベントやワークショップに活用している。この「PHOTO CABIN」の後部の片側の側面にはピンホールが開いており、ピンホールカメラにも変身できる。
貸出コンパクトカメラでフィルム撮影。フィルムを暗室で現像して引き伸ばし、1枚のプリントになるまでを体験。
子どもですらスマホで撮影するのが当たり前となった今、画像を確認して撮り直すこともできないフィルムカメラでの撮影は、新鮮な体験だったようだ。「シャッターを切っても写っているかどうかわからないなんて、ドキドキの体験でした」という参加者の声がその感動を語っている。
現在「ザ・ダークルーム・インターナショナル」の代表理事を務める近藤宏光さんは、今回のプロジェクトの成果を、「便利で簡単なカメラがあふれていて、写真を撮る行為があまりにも日常的で当たり前になっている今、少し立ち止まって、その仕組みを知ったり、フィルム撮影や暗室での現像を体験することで、発見ができます。膨大なデータの中にうもれてしまって忘れられる写真ではなく、ていねいに思い出の一枚を残すこと。撮り直すことのできないフィルム撮影には想像力も必要ですし、相手とのいい関係をつくることも求められます。それが写真の魅力なので、伝えられたのではないでしょうか」と語る。
参加者の声をもう少し紹介しよう。
——ものごとをよく見るようになりました。
——いい表情の瞬間に意識が向くようになりました。
——対象になぜ惹かれたのかを考えるようになった。
——彼のどちら側の横顔が好きかなと考えて、幸せに思いました。
創業者で、「ザ・ダークルーム・インターナショナル」理事の齋藤久夫さんは、「これからも「写真の可能性」という答えのない道を、手探りで、がむしゃらにでも進み続けたいです」と話す。
文:猪上杉子
撮影:大野隆介(*以外)
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