クリエイターコミュニティのなかに子どもたちの居場所がある――関内の特色
「関内・関外エリアには、いま子どもが増えています」。そう実感を話すのが、このエリアで保育事業に取り組むピクニックルームの後藤清子さんだ。後藤さんは横浜・関内で「保育園」や「学童」といった子どもの居場所づくりから、子どもが関わるさまざまな地域プログラムまで、幅広く保育事業を展開している。クリエイターと子どもたちの出会いを生み出す“仕掛け人”のひとりである。
後藤さんが企業支援型保育園「ピクニックナーサリー(以下、ナーサリー)」を開園したのは2017年。はじまりは、JR関内駅から徒歩5分にある泰生ビルの1室からだった。翌年には、小学生が通える放課後児童学習支援事業「ピクニックスクール(以下、スクール)」を道路向かいの泰生ポーチで開所。いわゆる「学童」だ。2020年には、増え続ける入園希望にこたえるため、ナーサリーが1室から2室へと増床。さらにスクールは今年、近隣のトキワビルにも拠点を新たにオープンしている。「子どもが増えている」という、後藤さんの実感を裏づける状況だ。
後藤さんは「関内のクリエイターたちに利用してほしいという思いで、ナーサリーを立ち上げた」と話す。そのため園の利用料金などにも一部優遇がある。実際に0~3歳の乳幼児、およそ20名程度の利用者のうち、現在は3割以上が近隣にオフィスをもつ建築やコンサル、デザイン業などのクリエイターであるという。このような利用者の属性は関内エリアならではであり、後藤さんが意図的に仕掛けてきた結果でもあるだろう。
わたし自身も、オフィスがトキワビルにあり、子どもがナーサリーの一時預かりでお世話になっているクリエイターのひとりだ。後藤さんには保育のこと、育児のことなど産前産後の個人的な相談にものっていただき、お世話になっていた。さらに自宅の近隣では一時預かりをしてくれる保育園が徒歩圏内になかったこともあり、オフィスに近いナーサリーを利用するようになった。ナーサリーの先生たちは、いつも笑顔で親身に対応してくれるし、同じくトキワビルにオフィスがある建築家の古市久美子さんが設計した園舎も、温かみがある。そういった安心感もあり、一時預かりの保育園は自宅近隣も含めいくつか通ったが、今ではナーサリーだけになった。
泰生ビル、泰生ポーチ、トキワビルは、同じオーナー・泰有社のビルである。いずれもクリエイターが集まっており、ご近所同士、すれ違ったら世間話ができるよい距離感で、いつも交流したり刺激をもらったりしている。こういったクリエイターコミュニティのなかに子どもの居場所もあることで、わたしにとってはコミュニティそのものがライフラインになっているとも言える。新型コロナウィルス感染拡大の影響下でも、関内に醸成された環境は頼もしく感じた。
決まった枠組みをもたない、ピクニックのようなワークショップ
前置きが長くなってしまったが、クリエイターが集う関内エリアならではの取り組みがスクールにはある。普段は子どもたちの勉強を見たり、やりたいことをサポートしたりしているが、主に春休みや夏休みなどの長期休暇中には「サマースクール」「キッズクリエイティブアカデミー」といったワークショップがひらかれている。先生は、このエリアで活動するアーティストやクリエイターたち(長期休暇中だけでなく、子どもたちが通年的にかかわるプログラムもある)。
はじまった当初は「まちを知る」というテーマで、近隣のクリエイターオフィスの見学ツアーにでかけた。泰生ビルでは、建築家と「立体迷路」をつくったり、3Dプリンタでものづくりを体験したり。泰生ポーチフロントのパン屋では、販売体験もした。一種の社会科見学のようでもあるが、「幼稚園の年長から小学校6年生ぐらいまでが一緒に活動しています。1日のはじめに自分たちでその日の行動計画を立てています」と後藤さん。異なる年齢の子どもたちが協力し合い、ともに考えるプロセスはスクールならではだ。
また近隣の文化施設や行政とのコラボレーションにも多くの実績がある。「象の鼻テラス」の『フューチャースケープ・プロジェクト』では、公共空間の使い方のアイデア出しに参加したり、横浜市都市整備局の会議に出席し、大通り公園の活性化について計画を立てたりしたこともある。アイデア出しでは、自分たちの考えをプレゼンし、人前で話すことにもチャレンジする。大学生の課題と言われても遜色ない、小学校ではなかなか得られない体験ではないだろうか。このように、アーティストやクリエイターはもちろん、近隣にあるものは文化施設や行政とも連携していく。多彩なプログラムを、後藤さんはどのようにキュレーションしているのか。
「わたしと縁がある方全員に、声をかけているという感じです(笑)。プログラムの内容は先生の皆さまにお任せしていて。こういう意図で、こういう着地点でお願いしますと、こちらが決め込んで依頼をしたことはありません」。後藤さんの仕事は、保険の手続きをしたり、移動時にケガのないように注意をしたり、ちょっとしたケガにどのように対応するかといったことに留意する「安全設計」の部分のみ。スクールではそれぞれのワークショップに対して「こうしなければならない」という概念をもたないようにしているという。「スクール自体が常になにかを生み出しているような感覚です」。決まった枠組みがないことで、子どもたちは1日の行動計画を立てるところから取り組める。現場ごとの化学反応を大切にしているのだ。
新型コロナウィルス感染拡大の影響もあり、2020年度は長期休暇中のプログラムをひらくことができなかった。だが今年(2021年)の夏は感染症対策に十分留意し、秋山怜史さん、ファブラボ関内、nitehi works稲吉さんとの「サマースクール」の開催にこぎつけた。3年前と同じことをやっても、参加する子どもたちは毎回違うので「違った流れが見えてくるのがおもしろい」と後藤さんは話す。
子どもたちの様子をよく見て対話する――創造性をひらくnitehi worksのワークショップ
横浜のなかでも多国籍な下町、若葉町エリア。2010~16年までnitehi worksの拠点はその一角にあった。このころ後藤さんは、イベントにかかわる制作者として3年間ほど稲吉さんたちと活動をともにしていた。稲吉さんと、同じくnitehi worksの渡辺梓さんが企画した子どもたちがつくり出演するミュージカル『HOME~あなたが作るストーリー』(2015年)などの経験が、のちのピクニックルームの活動につながっている。
「子どもって、アーティストのことばや態度を、本質的に見極めているんです。プロのアーティストが一緒に楽しんだり、きちんと対話したりすればするほど、反応を返してくれるし、伸びていく。子どもは『子ども』という種類の動物ではなく、『人』なんだということ。そんなに難しい生き物ではないという当たり前のことを学びました」。
活動をともにした稲吉さんにはスクールでも「子どもたちと遊んでください」とだけ伝えているという。
スクールのなかでも、稲吉さんのワークショップは大いに盛り上がる。後藤さんは「廃材をつかったものづくり『アップサイクルワークショップ』は、その日1日も作品になってしまうような感覚があります」と話す。
通常では売っていないような木の端材などが、nitehi worksのアトリエには集まっている。そこに子どもたちが使わなくなったおもちゃなどを家から持ち寄り、アトリエにある廃材と組み合わせたり色を塗ったりして、新たなオブジェを創作していく。「今まで与えられていたものとは違う見方が、たぶんアトリエで生まれるんだよね」と稲吉さん。
稲吉さんのワークショップは、ものづくりのための素材や材料を用意し、創作のきっかけだけをつくっておくスタイルがベースにある。稲吉さんは子どもたちの“つくる力”をどのように引き出しているのだろう。「現場では、子どもたちが豊かな発想でどんどんつくっていくのを、ただ後ろから見ているだけですね」と稲吉さんは言うが、どのように見ているのか。
「僕ら側の“志”が大事だと思うんです。子どもたちが“何をやろうとしているのか”を、よく見てあげること。そうすると子どもたちにも伝わるし、安心して『こうしたいああしたい、ここを切りたい』といったことを積極的に言って甘えてくれるようになる。僕らがサポートするのは最初だけです」。
子どもたちをよく観察し、やりたいことを読み取って対話をすること。このように丁寧なプロセスをとるために、参加者の数が多いと対応が追いつかないこともあるが、全体に目を配ることを心がけているという。
ワークショップの最初に、稲吉さんは「完成しなくていいから自由にやってね」とは伝えるが、そういった抽象的なことしか伝えない。アップサイクルワークショップでも「既製品ではつくれないものをつくろう」といったコンセプトを子どもたちに伝えたことは一度もない。稲吉さんが具体的な助言をしなくても、子どもたちは予期せぬ“作品”を生み出していくからだ。ふたりの予想を超えるものができたとき、「ものづくりの無限の可能性」を感じると稲吉さんは言う。
「“創造性”って、その場にあったり、昨日今日に生まれたりするようなものではなくて。僕らの先輩たちのずっと昔から、広く深く積み重ねられてきた。僕らはそのひとつひとつに過ぎないんじゃないかと感じます。後藤さんと一緒につくった『HOME』というミュージカルでは、子どもたちがふだんのくらしのなかで発した言葉を、演出家が拾い集めて舞台にしました。そういった日常のなかにあるものが、どれだけすばらしいか。そこに創造性の源があると思うんです」
関内という“まち”への思い
後藤さんは「関内まちづくり振興会」の一員としても、このエリアのまちづくりにかかわってきた。「子どもたちが住みやすく、学びやすく、そして遊びやすいまちをつくりたいと思っているんです」。後藤さんの意図は明確だ。
この地域に子どもが増えている今だからこそ、ピクニックルームは関内関外エリアの外には、事業を拡張することを目指していないと後藤さんは話す。「スクールではご一緒していないたくさんのアーティストが、このエリアにはまだまだいます。これからはさらにまちのおもしろさを発見しながら、深堀していきたい。そしてその魅力を、子どもたちと共有していきたいと思っています」。
一方、稲吉さんは関内について「ひとつの長屋のなかにいるような感覚がある」と話す。「子どもといっても、未就学児から小学生、中学生、高校生まで、このエリアの子どもは年齢層が幅広い。さらに大学生もいます。こういったグラデーションのなかで、できることがたくさんあると思うんです。上の子が下の子を見るような、ひとつの長屋のなかで過ごしているみたいな状況が、関内では生まれやすいんじゃないかな」。
これまでひらいてきたワークショップでも、年齢も属性もバラバラな参加者、スタッフが混ざりあう現場で、その違いを超える力を感じることがあるという。「それが人の創造力なんだろうと思います。僕らが失ってはいけないもの。現場では彼らから学ぶことが大きいですね」。
子どもたちが暮らしやすいまちをつくろうと、いくつもの事業を仕掛ける後藤さん。子どもたちとのプログラムに、時間をかけて丁寧に取り組む稲吉さん。それぞれまちのなかに、子どもの“居場所”をつくってきた。子どもたちはそこで出会うアーティストやクリエイターから、対話すること・つくること――さまざまな“きっかけ”を受け取っている。
関内で育った子どもたちは、20年後、50年後にどんな未来をつくっているのだろう。「関内で子育てをしたい」という世帯は、これからも増えていきそうだ。
取材・文:及位友美(voids)
写真:大野隆介
後藤清子(ごとうきよこ)
株式会社ピクニックルーム代表取締役。長野県飯田市出身、大阪教育大学大学院修了。
シンクタンクや制作会社等を経て、2017年株式会社ピクニックルームを設立。同年企業主導型保育事業「ピクニックナーサリー」、翌年放課後児童向け事業「ピクニックスクール」を開設。横浜・関内地域の子どもや多世代交流を軸に、まちづくりや人材育成について日々邁進中。
稲吉稔(いなよしみのる)
1989年、世田谷の住宅街で開催された野外展を皮切りに、場と関わるアート活動を展開。2010年、妻で役者の渡辺梓と共に、横浜の下町、若葉町の築60年の元銀行を空間作品として制作し、アートプロジェクト「nitehi works」を開始。
「日常とアート」をテーマに「元何か」をアートのフィルターを透して変化させ、日常の中に「ゆたかなイばしょ」としてプロットするアートプロジェクトを展開中。クリエートする場づくりと同時に、暮らしの中で人の創造性を呼び覚ます事を目指しています。
合わせて読みたい創造都市横浜
nitehi works 5周年記念パーティー&演奏会プログラム(2015.06.12)
クリエイターと出会い遊ぶ2日間~街なかのフェス「関内外OPEN!11」(2019.10.22)
横浜の戦後建築遺産と創造都市 vol.1 建築家・佐々木龍郎さん×泰有社・伊藤康文さん対談(2017.04.03)
クリエーターの複合創造拠点「泰生ポーチ」、横浜・関内にオープン!(2015.05.22)