小林十市さんは、20代から世界的振付家モーリス・ベジャール率いる「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」で活躍、長くヨーロッパを拠点に、現在も南仏オランジュで活動している。フランスでは、これまで数度のロックダウンが実施されるなど厳しい行動制約を強いられる状況の中、「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」(以降、DDD2021)のディレクターに就任し、プログラムを構想、開催に向けて紆余曲折の道のりを乗り越えてきた小林さん。今回のDDD2021では、自身も新作の創作や、出演もあるため、1年ぶりという帰国を果たした。8月某日、帰国直後2週間の自主隔離期間中にオンラインによるインタビューにて、小林さんだからこそ感じ得るリアルな思いや決意を伺った。(※撮影は自宅待機期間明けに実施)
ー 「DDD2021」のディレクターとして構想したことは実現できましたか?
小林:「DDD2021」のディレクターの打診を受けたのは2019年の終わりの頃でした。ダンスフェスティバルのディレクターという初めての大役は自分には荷が重すぎると怯んだのですが、意を決して引き受けたのは2020年2月のことでした。その直後に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きてしまい、その翌月にはフランスはロックダウンに陥ってしまいました。自由に人と人が会うことができず、数えきれないほどの舞台が中止や延期になってしまう苦痛を世界中で味わわねばなりませんでした。
当初の企画段階ではクラシックバレエ部門、コンテンポラリーダンス部門を設けて、海外のカンパニーやアーティストを招聘しようと考えていましたが、それがかなわないということならば、“今”だからこそ見たいもの、見せられるものとは何だろう?と考えたのです。以前から頭の中にあった構想や、さらには僕自身の現実との向き合いから生じる思いを形にしてはどうかと試みたのですが、そうすることでほかのダンスフェスティバルでは見られないようなユニークかつ充実したプログラムをお届けできることになりました。
ー ダンスを通して“今”の世の中に対して伝えたいことはあるでしょうか?
小林:いえ、何かを伝えたいと思って踊ったことは一度もありません。ダンスは僕にとっては自分自身と向き合うことそのもので、もうそれだけで精一杯です。その姿を観る人がどう受け取るかは観る側の自由だと考えています。踊ることには意味やメッセージをこめるものではないと僕は感じています。
もしかしたら僕の個人的な生育環境がそうさせているのかもしれません。柳家小さんの孫として生まれて、母親からはいつも、人間国宝である祖父に恥じぬように「ちゃんとしなさい」と言われて育ちました。「ちゃんとする」ということが呪縛になってしまっています。今日は日本に着いて3日目ですが、1、2日はのんびりしようと思ったのですがそれが僕にはできない、ストレッチして縄跳びして、「ちゃんとしなければ」と自分を縛ってしまいます。
けれども今、50歳を超えてからの表現というものを考えると、「ちゃんとしない」こともありえるんじゃないかと思い始めていて、そのあたりを模索しているところなんです。舞台に立つ表現者としてちゃんとしていなくてはならないという思いと同時に、身体的な現実と向き合うと、これまでの力で押し切るばかりの表現ではない何かちがう価値観を持ってもいいのかどうか、それがまだわからないのです。ですから、個人的な迷いを試す、新しい価値観に挑戦するための場も与えてもらえたと感謝して、自分自身の今立っている場所とこれからの行き先を探る、そんな機会にもさせてもらいました。
ー 横浜という街をあげてのフェスティバルですが、世界の現状から見て、横浜という場所からの発信にはどんな魅力がありますか?
小林:東京やほかの都市とちがうのは空間ですね。目の前に海が広がる砂浜に足を踏み入れた瞬間の、顔が空を向いて胸が開いて、背中がまっすぐになるあの感覚。それが横浜の街全体にあると思うんです。そういう場所で行われるフェスティバルですから、踊るときのダンサーの内面の広がり方がちがってくると思います。「横浜ベイサイドバレエ」はまさにこの空間の魅力を生かした、フェスティバルの象徴とも言える開幕のステージになります。
ー 小林さんならではの特色あるプログラムをいくつか紹介していただきたいのですが、「エリア50代」はまさにご自身の思いのこもった企画だとか?
小林:コロナ禍で舞台の機会が減って自分と向き合う時間が長くなり、「ダンスって何だ? 舞台って何だ? 自分はなぜ踊るのか?」と自問しながら、自分が50代のダンサーであるという現実と向き合っていました。その疑問をほかの50代のダンサーにも聞いてみたいという思いがあって、この企画が実現しました。
まず思いをぶつけたのは近藤良平さん。僕とはまったくスタイルのちがう踊り手ですが、6年前に『モダン・タイムス』という作品で共演の機会があり、そのとき彼の自然体の姿に感銘を受けました。それでまっさきに近藤さんに引き受けてもらい、4日間にわたり僕と彼がそれぞれソロを踊り、もう1人の50代のゲストダンサー(安藤洋子、伊藤キム、平山素子、SAM)を迎えてソロを踊ってもらうという構成が成立しました。ダンサーにとって50代とはどんな意味を持つのか、ステージの前と後にトークの時間を設けましたので、じっくり話を聞き出したいと考えています。
ダンサーという職業は、僕自身もそうですが、10代からキャリアを始めて20代、30代でいろいろなことを経験して、40代に入ると人によっては引退して後進の指導に当たったり、振付に専念する方も多いと思います。近藤良平さんのように自分でカンパニーを持って自身も踊っている方もいますが、でも50代で現役で踊っているダンサーにとっての身体との向き合い方や、50代ならではの表現の仕方があるのかどうか、そのあたりをじっくりと探りたいですし、観客の方々と共有したいと思います。
さらに「縛り・約束ごと」を設けて、この経験豊富なダンサーたちに負荷を与えています。自分以外の振付家の作品をソロで踊ってもらうんです。そうすることで自分が得意としている動きが封じられる。ハードルをどう乗り越えて新しい創造ができるのか、ダンサーが50代の身体で挑戦し、葛藤する姿を面白がっていただければと思います。(チケットはSOLD OUT)
エリア50代
2021年9月23日(木)~2021年9月26日(日)
開演:18:00
出演:
9月23日(木・祝) 小林十市、近藤良平、安藤洋子
9月24日(金) 小林十市、近藤良平、SAM(TRF)
9月25日(土) 小林十市、近藤良平、伊藤キム
9月26日(日) 小林十市、近藤良平、平山素子
会場:KAAT 神奈川芸術劇場 〈大スタジオ〉
https://dance-yokohama.jp/eventprogram/008/
ー 「International Choreography × Japanese Dancers ~舞踊の情熱~」は、日本のダンサーたちが世界的振付家たちの偉大な作品に挑むという意欲的な公演ですが、ディレクションにあたって苦労されたことや悩まれたことはありましたか?
小林:この最終的な構成にたどりつくまで二転三転、多種多様にわたる困難がありました。でもその過程で、今の日本のダンサーたちの水準の高さには認識を新たにしましたね。それだからこそ、フレデリック・アシュトン、モーリス・ベジャール、ローラン・プティ、ウィリアム・フォーサイス、ウヴェ・ショルツといった20世紀の巨匠たちによるマスターピースを上演する許諾をもらうことができたのです。ほかでは見ないような画期的なプログラムを組むことができたので、胸を張ってお勧めします。
このプログラムが実現できたのはむろん僕一人の力ではなく、実行委員会スタッフ全員の力の結集の結果です。例えば、今回ディレクター補佐を務めてくれている山本康介さんは、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団のファーストソリストだったのですが、元師弟関係にあった同バレエの芸術監督のデヴィッド・ビントレーさんにかけあってくれました。そのおかげでビントレーさん自身から『スパルタクス』のパ・ド・ドゥの日本初演の機会をいただいたのです。そしてモーリス・ベジャール作品の『M』は、僕に振り付けられた、英国ロイヤル・オペラ・ハウスで踊った特別バージョンの復活上演です。
さらに、バレエの歴史をつくった20世紀の巨匠の作品だけではなく、今のダンス界の注目の的のクリスタル・パイトさんの作品『A Picture of You Falling』も登場します。ダンス・ファンにとっては見逃せない1日限りの特別なステージですし、厚地康雄さん、池本祥真さん、上野水香さん、ヴィスラフ・デュデックさん、小㞍健太さん、佐久間奈緒さん、島添亮子さん、柄本弾さん、中村祥子さん、鳴海令那さん、渡辺恭子さんという日本のトップダンサーたちの実力・魅力をぜひ目撃して、“日本のダンスの現在地”に驚いていただきたいです。
International Choreography × Japanese Dancers ~舞踊の情熱~
2021年9月18日(土)
開演:15:00 (開場:14:00)
出演:
厚地康雄(バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)、池本祥真(東京バレエ団)、上野水香(東京バレエ団)、ヴィスラフ・デュデック、小㞍健太、佐久間奈緒、島添亮子(小林紀子バレエ・シアター)、柄本弾(東京バレエ団)、中村祥子、鳴海令那(Kidd Pivot)/スターダンサーズ・バレエ団(渡辺恭子、池田武志、石川聖人、林田翔平)
会場:神奈川県民ホール 大ホール
https://dance-yokohama.jp/ddd2021/icjd
ー フェスティバルのフィナーレを飾る「Noism Company Niigata × 小林十市 A JOURNEY ~記憶の中の記憶へ」では、ご自身の出演によって世界初演となる作品を観せてくださるのですよね?
小林:Noism Company Niigata の金森穣さんが僕に振り付けてくれるので、りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館にて共同で創作をします。二人ともモーリス・ベジャールの元にいたというバックグラウンドを持つので、いっしょに過去を振り返りながら、先へ進んで行くためのものになると思います。僕個人にとっては「脱ベジャール」を目指す大きな意味合いを持つことになるかもしれません。僕の肩書からベジャールさんという名前は消えることはないでしょうけれど、その「元」という過去から離れて、ただの「ダンサー」でありたいという決意をもって臨みます。ダンサーとして、表現者として、舞台に立ち続けたいという思いが、コロナ禍の今、より強くあふれています。それはフェスティバルの出演するみなさんもまた同じ思いだと思います。
Noism がその本拠地の「りゅーとぴあ」ではない別の劇場で初演するというのは初めてのできごとだそうです。横浜から世界初演の舞台を発信するという稀有な体験となり、金森さんとしてもNoism の作品とはちがったものになるでしょうから Noism ファンにも堪能してもらいたいと思います。僕と金森さんのこれまでの時間を重ね合わせながらも新たな別の次元に行くことができたら、そして「ただ踊り続けたい」という決意を示せたらと願っています。
Noism Company Niigata × 小林十市『A JOURNEY~記憶の中の記憶へ』
2021年10月16日(土)~2021年10月17日(日)
16日(土) 17:00 開演 (16:15 開場)
17日(日) 16:00 開演 (15:15 開場)
上演時間:約70分
会場:KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
https://dance-yokohama.jp/ddd2021/noism/
ー 小林さんご自身の“今”が、世界中の人々の胸に呼応していきそうですね。
小林:僕がディレクターを務める以上、個人的な“今”の思いをここ横浜で探求させていただく場とさせてもらいました。ダンスって個人の身体、“今”に宿るものですからね。格好つけず、 “今”の自分のあがき葛藤する姿を曝けだすことができたら理想ですし、それを観にきてください。
ディレクターという客観的で総論的な視点と、 ダンサー自身としての身体的リアリティと過去・現在・未来を模索するという決意のこもった小林さんのまっすぐな思いはきっと横浜の、そして世界の観客に響くにちがいない。
取材・文:猪上杉子
写真:森本聡(カラーコーディネーション)
撮影協力:象の鼻テラス
小林 十市
(こばやし じゅういち) ダンサー・振付家
1969年生まれ。1979年に小林紀子バレエアカデミーでバレエを始める。
数々の賞を受賞し、1989年、スイスのベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)に入団。『春の祭典』、『火の鳥』、『くるみ割り人形』、『シエラザード』など数多くのベジャール作品に出演。
BBLを退団後、世界各国のバレエ団にベジャール作品の振付・指導を行っている。2004年『エリザベス・レックス』で俳優デビュー。
以後、テレビドラマや映画、ラジオなどに出演するなど俳優、ダンサー、振付家として活躍。現在はフランスを拠点に後進の指導にあたっている。
祖父は落語界初の人間国宝、故・五代目柳家小さん、弟は噺家・柳家花緑。
【イベント情報】
Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021
3年に一度、横浜で開催される、日本最大級のダンスフェスティバル。
横浜港を背景に繰り広げられる幻想的な野外ステージや、国内外で活躍するトップアーティストによる公演、子供たちがプロのダンサーに学ぶワークショップ、週末ごとに街なかで様々なダンスが楽しめる参加型ステージなど、横浜にオールジャンルのダンスが集結する。
会期:2021年8月28日(土)~10月17日(日)
会場:横浜市内全域 (横浜の“街”そのものが舞台)
ジャンル:コンテンポラリー、ストリート、ソシアル、チア、日本舞踊、バレエ、フラ、盆踊りなどオールジャンル
プログラム数:約200
詳細は、公式ホームページをご確認ください。
https://dance-yokohama.jp/
【関連記事】
「Dance Dance Dance @YOKOHAMA 2018」のディレクター、ドミニク・エルヴュさんが語るダンスの魅力