SDGs(持続可能な開発目標)にも掲げられる「生態系の保護」や「環境保全」。2030年までの国際目標として企業や個人の活動にとっても “持続可能な開発”に関心が高まる昨今、生態系や環境への理解を通じて未来の事業づくりに活かすことを目指し、2020年11月から12月に3日間にわたるワークショップ型イノベーション研修「WE BRAND YOKOHAMA 進化の学校」が開催された(主催:公益財団法人横浜市緑の協会、 NOSIGNER株式会社、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)。Day1、Day3はビデオ会議ツールによるオンラインでの開催、Day2はよこはま動物園ズーラシアにて実施されたプログラムをレポートする。
横浜市文化観光局と横浜市芸術文化振興財団が2016年から取り組む、創造の担い手(クリエイターや企業、行政、市民など)を横断的につなぐネットワーキング・プログラム「文化芸術創造都市・横浜プラットフォーム」。その一環として開催された「進化の学校」は、よこはま動物園ズーラシアを舞台に、環境と共生するイノベーション(技術革新)を生み出す研修プログラムだ。デザインストラテジスト・太刀川英輔さん(NOSIGNER)が提唱する思考メソッド「進化思考」を用いたレクチャーとワークショップを3日間にわたり開催した。
Day1 創造性をアップデートする「進化思考」とは?
新型コロナウイルス感染拡大の防止を鑑み、Day1、Day3はオンライン形式で開催された「進化の学校」。日本各地から環境分野の専門家や、生態系に関心をもつ企業、行政などから、多くの参加者が集まった。校長を務める太刀川さんは、プログラムの趣旨についてこう話す。「皆さんのふだんの取り組みをエンパワーするような会にしたいと思っています。また、参加者同士がつながる機会でもあります。創造性についてより深く学び、未来の生態系や社会に必要とされる事業を構想していきましょう」。
これまで10年以上、創造性をテーマに各地でレクチャーやワークショップを行ってきた太刀川さん。人口の増加が引き起こす、生物の絶滅や災害の多発などの問題を取り上げ、地球環境について考える必要性について話す。「人々が創造的になり、新しいアイデアが多く生まれれば、未来の社会の持続可能性が高まるかもしれません」。
Day1のミッションは、よこはま動物園ズーラシアでのワークショップ(Day2)に向けた、「進化思考」の予習だ。進化思考とは、生物進化の仕組みから創造性を学び、新たなアイデアを生み出す思考法のこと。生物が周りとの「関係」によって形態を「変異」し、その環境に適応できなければ淘汰されてきたプロセスを、イノベーションに利用しようというものである。4月には体系化された書籍も出版予定として、今回はその中にも掲載されているワークを一足先に実践した。
「創造とは進化の模倣ではないか」と太刀川さんは言う。「変異」を繰り返す生物進化のプロセスと、人による発明やデザインで、新たなかたちが生まれるプロセスの類似を指摘した。その仕組みを理解すれば、誰にでも創造的なアイデアは生み出せることになる。
ワークショップでは、進化思考に取り組むためのフローとして、参加者それぞれが進化させたいテーマ「X」を設定。その後、Xを取り巻く「関係」を理解し、Xを「変異」させることに取り組んだ。参加者が設定した「X」には、学校教育、水素ステーションなど、さまざまなテーマが並んだ。
関係を理解し、本質をリサーチする方法としては、「予測」「系統」「生態」「解剖」の4つの手法があると話す太刀川さん。また固定観念を破り、発想する8つの変異の手法、「反転」「擬態」「増殖」「欠失」「融合」「変量」「代入」「転移」を紹介した。
「生物でいう関係を見るときには、まず『解剖』を行なうことが効果的です。中身は何か、それはなぜ入っているのかを探る方法です。また、これまでどのように進化してきたかという『系統』も考えることで、進化の系譜から社会の淘汰圧を読み解くことができます。一方で生物の変異にはいくつかのパターンがあります。足がなくなった蛇は『欠失』、葉っぱに見えるよう進化した昆虫は『擬態』といったこのパターンはアイデアの発想に流用することができます。
この日のワークショップでは、生物の代わりにXを『解剖』し、『欠失』してみようという。ここで重要なのは、関係と変異を繰り返し、Xを進化させていくことだという。「自分のXが何と競争しているか、また共生関係を築けるかを考えることが大切です。そうすることでXは自然とデザインされていきます」。
生態系のプロセスを、参加者それぞれが設定したテーマに置き換えていくワークショップ。参加者たちは各自のテーマを深め、創造性のヒントを探った。参加者からは「漠然としていた思考の深掘りが体系化され、新たな思考法を学べた」「生態系の営みが、社会事業にもつながることに驚いた」という声が。その学びは最終日でより深まることとなる。
Day2 よこはま動物園ズーラシアで考える、動物と人間の関係性
よこはま動物園ズーラシア(以下、ズーラシア)で開催されたDay2のプログラム。ここでは、実際にその場にいる動物の生態を観察することになった。太刀川さんに加え、よこはま動物園ズーラシアから村田浩一園長が登壇、冒頭では動物園での取り組みについて語った。
「動物園は動物を見て楽しむだけの場ではなく、どんどん進化しています。最近の世界動物園水族館協会の年次会議では、今後世界の動物園は『惑星を守る』をテーマに掲げ、積極的に保全に向けて活動していこう、という話が出ました」。動物園が社会を変えていかなければ、「この先、人類は生き残れないかもしれない」と話す一幕も。
ズーラシアは「生命の共生・自然との調和」を掲げ、生物多様性の保全を目的とした動物園だ。その具体的な取り組みとしては、横浜市繁殖センターという国内で唯一、種保全に特化した施設を持っており、マレーバクなどの絶滅危惧種の繁殖や、動物の遺伝子解析を行っている。また横浜市内にある3園(野毛山動物園・金沢動物園・よこはま動物園ズーラシア)では、合わせて年間400以上の環境保全に関するイベントを開催しているそうだ。
はじめに参加者は園内の研修会場で、「オランウータンの気持ちになろう」というワークショップを体験。これは普段ズーラシアで行っているプログラムのひとつで、森を想定したフェイクグリーンの上にオランウータン役の参加者が乗り、ズーラシアスタッフが開発側の人間役に扮するものだ。パーム油やポテトチップスに使われる「アブラヤシ」を植えるため、人間は森を伐採している。その草木の上にいたオランウータンは死んでしまう。このように、世界各地で起きている現実の出来事を疑似体験するワークショップとなった。村田さんは「人間の生活のために多くの野生動物が生息地を奪われ、絶滅しています」と話す。
午後はズーラシア園内を巡ってのフィールドワークを実施。「レッサーパンダ」「ホッキョクグマ」「コウノトリ」「二ホンツキノワグマ」について、ズーラシアスタッフによる解説を聞き、人間と動物、気候変動との関係性を考える。
「ホッキョクグマはいまでは保護される対象ですが、生息域の現地に住む人々にとってはゴミを漁られ、危険な存在です。また、山の中でクマに会うと私たちも怖いですが、それはクマのほうも同じです。生態系を考えるとき、一方からの視点だけでなく、多角的な見方が大切です」。
フィールドワーク後は研修会場に戻り、グループワークショップ「フォアキャスティング」を体験。参加者は関心ある事柄のグラフを集め、そのデータを元に予測される未来についてグループで話し合った。水素エネルギーの普及や、その事業化を仕事にしている男性は、水素燃料電池車の普及率と自動運転市場の需要が、今後増加していくことをグラフから予測した。
この日、最後のディスカッションで参加者たちは、「オランウータンの気持ちになろう」の体験や、動物の生態を観察したことで、「環境問題をより深く自分ごととして考えるきっかけとなった」と振り返った。
Day3 希望ある未来からみたこれからの課題
「進化の学校」最終日のDay3では、グループワークショップに取り組んだ。ここではDay1で設定した「X」をどのように進化させるかについて、フォーカスを当てることになった。
「Day2ではフォアキャスティングをしましたが、今回はバックキャスティングです。前者は過去と現在のデータから未来を考えるもの。後者はゴールを先に設定して、辿り着く方法を考えるものです」と太刀川さん。バックキャスティングでは「未来から来た」ことを想定して、やりたいことや希望を創造してほしいという。
ある参加者は発表で、「2120年には人口減少も下げ止まり地球環境も悪化しなくなった」未来を取り上げた。彼は出版社を営んでいる。
「私はいま、新たな出版社を構想していますが、そこでは本の中身について学ぶ機会を全国的に展開します。また著者による内容解説の動画を作ったり、疑問があれば掲示板のようなものに書き込み、読者同士がサポートし合えたりする仕組みを作ります。本が出版されると、勉強会が全国で勝手に開かれ、社会イノベーションを起こそうという人が増えて、新たな取り組みが実現されるような未来をイメージしました」
また、大学生の参加者は「X」を「学校」に設定。学生だけの場ではなく、さまざまな企業や自治体、市民が参加できる場になる未来を提示した。
「2020年現在、学生は学校で受験勉強に追われています。それが2040年には、受験勉強の主戦場は学校ではなくYouTubeやオンライン教材へ移行しているでしょう。その空いた時間で、これからの社会や環境をより良い形で持続する方法を模索できるのではないでしょうか。学校にはさまざまな経歴をもつ人が集まり、まだ答えが見つかっていない身近な社会問題についても語り合える場になれば」。
進化思考を用いることによりこれまでのアイディアを大きく超える考えが思いつくこともある。生態系の進化を紐解いた思考法という独自性がさまざまな効果を生むのである。
全3回のワークショップを通して、遠い世界の話と考えてしまいがちな環境問題を身近な事柄として捉えられたように感じる。この経験こそが生態系にとって良い事業を構想するために必要なことだ。最後に太刀川さんは「世界は私たちが作ってきた文明を作りかえなければいけない段階まできているのではないでしょうか。そのとき、一人ひとりの力は弱いかもしれませんが、進化思考を通して多くの人が創造的な社会を作っていければと思っています」と締めくくった。横浜の動物園を舞台に事業の進化を自然から学ぶ、世界でも唯一のイノベーション研修「進化の学校」の今後も期待される。
取材・文:中村元哉(voids)
写真:森本聡(カラーコーディネーション)
【イベント情報】
「WE BRAND YOKOHAMA 進化の学校 at よこはま動物園ズーラシア」
[Day1] 11/26(木)15時-18時@オンライン
進化思考ワークショップ「事業と生態系の関係を考える」
講師:太刀川英輔氏
[Day2] 12/9(水)10時-16時@よこはま動物園ズーラシア
ズーラシアワークショップ+進化思考「動物の生態を観察しながら、実際に想像を膨らませる」
講師:村田浩一氏、太刀川英輔氏
[Day3] 12/16(水)15時-18時@オンライン
進化思考ワークショップ「様々な事業コンセプトの変異から、生態系に適応する進化を考える」
講師:太刀川英輔氏
主催:アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)、よこはま動物園ズーラシア(公益財団法人横浜市緑の協会)、NOSIGNER協力:横浜市、IMAGINE
プログラム詳細はこちらから
https://acy.yafjp.org/news/2020/56623/
【関連情報】
書籍「進化思考―生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」」
2021年4月21日(水)発売
著者:太刀川英輔
出版社 : 海士の風
特設サイト:https://amanokaze.jp/shinkashikou/
【プロフィール】
【校長】太刀川英輔氏(NOSIGNER代表/デザインストラテジスト/慶應義塾大学大学院特別招聘准教授)
デザインで美しい未来をつくること(デザインの社会実装)発想の仕組みを解明し変革者を増やすこと(デザインの知の構造化)この2つの目標を実現するために社会的視点でのデザイン活動を続け、SDGsに代表される社会課題における共創から多くのプロジェクトを実現。グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞(香港)など100以上の国際賞を受賞し、また審査員を務める。発明の仕組みを生物の進化から学ぶ「進化思考」を提唱し、変革者を育成する活動を続けている。主な仕事に、OLIVE・東京防災(東京都)・YOXO(横浜市)・横浜DeNAベイスターズなど。
【園長】村田浩一氏(よこはま動物園ズーラシア園長/日本大学生物資源科学部特任教授/獣医師)
兵庫県神戸市生まれ。専門は野生動物医学、野生動物学、動物園学。宮崎大学農学部獣医学科を卒業後、78年から2001年まで神戸市立王子動物園で獣医師として働く。2001年、日本大学生物資源科学部助教授に就任し、2004年、教授に。2011年からはよこはま動物園ズーラシア園長および横浜市繁殖センター担当部長(現 参事)を兼務している。『動物園学入門』(朝倉書店)、『野生動物学』(文永堂出版)などの著書がある。