2021-02-19 コラム
#パフォーミングアーツ #助成

「日常的な身体と知覚」の拠り所を探る、ハラサオリのアクチュアリティ

横浜を拠点に独自の創造性を発信するアーティストの発掘と育成を目指して、アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)が行っている「U39アーティスト・フェローシップ助成」では、次世代のアーティストのキャリアアップを支援している。その2020年度のフェローシップ・アーティストの1人が、ハラサオリだ。

 

ハラは、東京芸術大学大学院デザイン科修了後に渡欧し、ベルリン芸術大学舞踊科ソロパフォーマンス専攻を卒業。現在は、ベルリン、東京、横浜を拠点に、ダンサー、美術家として活動している。自身の身体を用いたパフォーマンス作品を軸に、サイトスペシフィックな空間/時間における即物的身体の在り方を探求している。

2017年から2018年にかけて、ダンサーであった実父との生別と死別を扱ったセルフドキュメンタリー作品『Da Dad Dada』を日独の二カ国で上演。その客観的かつ批評的でありながら、洗練されたスタイリッシュな作品構成により一躍注目を集めた。

2019年、Dance New Air※にて発表された『no room』では、慶應義塾大学三田キャンパス内に移設された、イサムノグチの意匠設計による「ノグチ・ルーム」の空間を舞台に、綿密なリサーチに基づいた、時空を越えて多面的な展開を見せる作品を発表した。

また、2019年のフェスティバル・トーキョー19(F/T)※では、研究開発プログラム「アーティスト・ピット」の第1回にファシリテーターとして参加し、身体を扱うあらゆるクリエーターに向けた、作品のコンセプトやリサーチの言語化と相互批評の力を鍛える5日間のワークショップを担当。このプログラムでは、ベルリンで培った経験を国内の若手アーティストたちと共有しつつ、自身の創作のビジョンを彼らと議論・検証する試みをおこなった。この試みはF/Tから独立して、形式を変えて継続中だ。

そして2020年、世界的なパンデミックにより創作活動と国内外の移動が厳しく制限された。そんな中ハラは、ベルリンと東京を慎重に行き来しながら、他のアーティストたちと同様に「いまできること」に取り組んでいる。そのひとつが、ACYU39アーティスト・フェローシップと、横浜の制作拠点を活用することで実現した、一連の活動だ。

Dance New Air:2年に1度、東京・青山エリアを中心に開催するダンスの祭典。
フェスティバル・トーキョー:2009年から毎年秋に、東京・池袋エリアを拠点に開催されている、舞台芸術を中心としたフェスティバル。演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを上演・実施。

 

2020年、横浜・馬車道に創設されたダンスハウス、Dance Base Yokohama(DaBY)に、レジデンスコレオグラファーとして迎えられたハラは、同年11月、レジデンスの成果およびプロセス公開となるトライアウト『絶景』を上演。この作品では、自分自身がほとんど出演しないことに初めて挑戦した。そして、振付を誰かに渡すこと、互いに磨きあう場をつくることから、大きなフィードバックを得たという。

「これまでは、舞台上のすべての要素や役割をトップダウン的に決めてディレクションしていたんです。今回、全体の方向性だけは自分で決め、テーマ探しに始まるソフト面すべてを、他者の身体や言葉を借りながらつくっていきました。自分の身体を使わないことで〈ハラサオリの身体認識〉を発見する機会になったと思います」

本作では、ハラ自身はパフォーマンスのステージに乗ることなく、全体を身渡す位置に置かれたデスクにつき、机上で展開するドローイングを通して進行を舵取りする形をとった。観客が車座でステージを囲む空間には、指名とオーディションで選ばれたさまざまな身体(パフォーマー)が登場する。これらの身体(パフォーマー)は、モデル、美容師、映画俳優、ダンサーなど様々だ。

「私が気になるのは野心的で研究好きな人。怖れ知らずで、自分の言葉を持っている人。クリエイション中や終わった後のミーティングでも、言いたいことがいっぱいあり過ぎてうずうずしているような人です」

このトライアウト『絶景』の成果を観て、筆者がもっとも惹かれたのは、表現技術を持たない身体が繰り広げる、剥き出しの素朴な動きの魅力だった。
1960年代以来、ヨーロッパの舞踊史には、訓練されていないアマチュアの身体を使ったダンス作品の系譜がすでにあるが、それはときに時代の表現の主流へのカウンターであり、ときに劇場文化へのラジカルな提言だった。一方、今回のハラサオリのトライアウトのねらいは、作品性以前の「日常的な身体とその知覚」の拠り所を探ることにあった。

「本来ならば細部までガチガチに詰めて、作品を〈デザイン〉したいほうなんです。その一方で自分自身の身体については練習で技術を上げるというより、無自覚に冴えだけでやってきたところがある。今回、出演者に自分の身体感覚をどう伝えるか、かなり細分化して考えました。そのために、生態心理学の教授である佐々木正人先生にもクリエーションに同席して頂き、ダンスとは別の視点から、人間の知覚について観察、思考することに重きを置きました。「日常行為」というトピック自体はもうあらゆる分野で手垢がついていますが、厳密に解析していくと野性と知性の絶妙なブレンドで成り立っているもので、まだまだ発見が多いです。それらを構成(design/compose)しようと思わないこと、言葉やコンセプトで縛らないこと、これらは自分の創作のスタイルに逆行するので居心地が悪くて不安でしたが、目の前にある身体の説得力だけを見るようにしました」

トライアウト『絶景』Dance Base Yokohama 写真:Yulia Skogoreva(※)

トライアウト『絶景』Dance Base Yokohama 写真:Yulia Skogoreva(※)

 

とはいえ、今回はクリエイションにかける時間があまりなかったため、身体意識の高い職能の人や、身体そのものにプレゼンスのある人を直感的にセレクトしたという。だが、もし時間があれば、求める身体能力の基準を様々に変えてリサーチを展開してみたい、とハラは考えている。

「みんな意欲的にリハーサルに臨んでいるうちに、技術を磨きたいというモチベーションが湧いてきます。鍛錬の楽しみはもちろん大切にしたいけれど、今回は上手くなり過ぎないでほしい。それと同時に、探りたいのは身体能力的なできなさやあどけなさでもない。今回の目的は、環境やオブジェクトとの関係から引き起こされる身体行為とその時の自我の観察でした。絶景はダンス作品未満のものだったと思いますし、そしてこれを仕上げるにはきっと10年以上かかります。DaBYでのレジデンスは、そういった自分が永く取り組めるテーマを探るチャンスとして取り組みました」

創作活動を始めた当初から、サイトスペシフィックパフォーマンスに取り組んできたハラは、サイト(空間)を自身の目で観察することに集中してきた。しかし、近年、彼女のメソッドはしだいに変化を遂げる。空間だけでなく、そこに存在する人を観察することを通して、「日常的な知覚のありよう」というテーマにたどり着いたのだ。

 

新しい時代のプロフェッショナルのあり方を求めて。

 

いまコロナ禍の時代を生きるアーティストたちは、経験値や活動領域によって異なる、それぞれの苦悩や倦怠感を抱えている。このパンデミック下において、ドイツと日本ではまったく異なる施策が敷かれているが、個人の生活でさえ日々状況が変わっていることは共通しているだろう。そしてその二つの国に拠点を置くハラ自身も発想や習慣、行動の指針などの変化を少なからず意識している。

「これまでは上演から逆算してクリエーションをしていました。タイムフレームだけではなく、作品の構成自体も、上演空間の設定ありきで、最初のコンセプトを守りながら進めるのが基本です。その中で大胆に脱線したり、変容していくことはあっても、例えば特に目的のない遊び稽古のようなことに馴染みがありませんでした。しかしいまは日常の中に制作の時間があって、仕上げないクリエイションがある。パンデミック初期はそれに大きく戸惑ってしまい、1年先の予定までなくなった喪失感も相まって、一時期ずっと寝ていましたね。それで毎日寝ながら、夢と現実の間で自分の身体でどんな未来を実現したいのかを考えていました。ある時に、未来の設定が済んで、このパンデミックを長めのリハーサルと捉えてからは、淡々と「いますること」をできるようになりました。経済的な問題を除けばですが」

「いますること」のひとつとして、ハラは、昨年からボイストレーニングを始めたという。
近年、パフォーマンスの舞台で、ダンサーが声を使って演じる場面を多く見るようになった。だが、発声や発話の専門的な訓練をしていないダンサーにとって、生声でのボイスパフォーマンスは、声帯に過度な負担をかけてしまったり、筋肉に無理な力が入ってしまったりと、リスクが高い。

「いまさらボイトレは恥ずかしかったけれど、気負いやプレッシャーなく、素直にスコンと声を出したいと思って、メンテナンスを習慣づけることにしました。もともと作品でもよく発話するのですが、踊ること、話すことをもっとシームレスにする必要を感じていました。最近はこれまでの自分がよしとしてきた「理論」と「肉体」のバランスを大きく変えたいとも思っています。
 ボイトレを通して獲得しつつある新しい身体感覚は、過去の自分の踊りにも足りていなかったことでした。本来、身体を道具として磨く習慣というのは生物学的な若さがある時に徹底してやるべきことですが、そもそもプロとしてダンスを始めたのが遅いので、これからも素直に新しいことを始めたり続けたりしたいと思っています。
 創作活動で生きていくためのプロフェッショナルのあり方についても考えるようになりました。時間が止まってるという感覚はもうないです」

 

また、コロナ禍でこれまで以上に複雑化した政治や社会の構造は、例外なくアーティストの活動に直結するイシューを孕んでいて、現代の表現者にとって、自らと所属するコミュニティを取り巻く事象に対して、クリティカルかつポリティカルな姿勢を持つことを避けて通ることはできなくなってきている。「個人的なことは政治的である」*という言葉が示すように、一個人の内面に生まれるささやかな違和感や抵抗感にこそ、大きな政治や社会の問題の萌芽があると考えると、現代の優れた芸術表現において、同時代性を反映することは、おのずと政治性を帯びてしまうという構造を持っているからである。

「ドイツでは、フェアじゃないことが起これば、すぐに周囲の人々と連帯します。デモや抗議を行う権利と義務に対して非常に意識が高く、それは芸術家も例外ではありません。かといって、その活動や思想が個人の作品に直接反映するとは限らない。あくまで表現として成立していなければ、優れたアートとして評価されることはあり得ません」

「作品の本質とは解釈の余白に宿るはずで、時間をかけてリサーチを深めていくことはその余白に光をあてるためのプロセスだと思っています。ただ、それを自分が実感できるのはいつも上演が終わってからなので、そのビジョンがないまま創作を進めていく不安はやはり大きいです。しかし自分自身の問題を語りながら、同時にそれが政治や社会にも繋がるようなアクチュアリティを求めているということは今後も変わりません。さまざまな角度から新しいアプローチやストラクチャーを試していきたいと考えています」

彼女は、個人史が社会と接続する可能性を秘めていることを、経験的に知っている。
なかでも家族の物語に、時として神話的構造を潜ませることで、それぞれ異なるバックグラウンドを持つ観客に鮮烈なテーマを投げかけてきたハラは、実父と自身のパーソナルヒストリーをもとに周到に練り上げたデビュー作『Da Dad Dada』で高く評価され、現在に至る。
そんなハラサオリが、この未曾有の状況下で「個」の意識を研ぎ澄ませる時間を経て、創作にさらなる深化を起しているのを感じた。
どこかせいせいと突き放した角度で物事を捉える彼女の眼差しは、向き合うべき対象に光を当て、新たな表現として輝かせるだろう。

*「個人的なことは政治的である」(The personal is political)とは、1960年代以降のアメリカの学生運動および第2波フェミニズム運動におけるスローガンで、個人的な経験とそれより大きな社会および政治構造との関係を明らかにしようとする言葉である。

『Da Dad Dada』Uferstudios (Berlin) 写真:Sylvia Steinhäuser(※)

 

取材・文:住吉智恵(アートプロデューサー/RealTokyoディレクター)
写真:大野隆介(※をのぞく)
撮影協力:Dance Base Yokohama

 

 

 

【プロフィール】

ハラサオリ
ダンサー、美術家。自身の身体を用いたパフォーマンス作品の制作を軸に、サイトスペシフィックな空間/時間における即物的身体の在り方を探求している。近年ではダンサーであった実父との生別と死別を扱ったセルフドキュメンタリー作品「Da Dad Dada」を日独の二カ国で上演。また翌年の2019年にはDance New Airにて「no room」を発表。
東京芸術大学デザイン科修士、ベルリン芸術大学舞踊科ソロパフォーマンス専攻修了。2015年度吉野石膏美術振興財団在外研修員、2017年度ポーラ美術振興財団派遣海外研修員。第9回エルスール財団新人賞コンテンポラリーダンス部門受賞。DaBYレジデンスコレオグラファー
https://www.halasaori.com/

 

 

【Dance Base Yokohama】
2020年に設立されたプロフェッショナルなダンス環境の整備とクリエイター育成に特化した事業を企画・運営するダンスハウス。アーティスティックディレクターを唐津絵理(愛知県芸術劇場シニアプロデューサー)が務める。
ダンスの発展のため、振付家やダンサーといったアーティストのみならず、音楽家、美術作家、映像作家、照明デザイナー、音響デザイナー、またプロデューサーやプロダクションスタッフ、批評家、研究者、観客などの交流拠点になること、ダンスを巡る人々が垣根なく集える場=プラットフォームとなることをめざす。愛称:DaBY(デイビー)
本格的なクリエイションを行うレジデンススペースを有しつつ、地域のアーティストや市民との交流も行い、ワークショップや実験的なトライアウト公演、ダンスアーカイブ事業などを展開予定。

住所:神奈川県横浜市中区北仲通5-57-2
KITANAKA BRICK&WHITE BRICK North 3階
開館日:火~土 10:00-18:00 休館日:日、月
※月曜日が祝日の場合、その翌日は休館
アクセス:みなとみらい線 馬車道駅 出口2a「横浜北仲ノット」直結
https://dancebase.yokohama/

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