2021-03-25 コラム
#文芸 #音楽 #デザイン #パフォーミングアーツ #美術 #横浜市民ギャラリーあざみ野

VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.37

展覧会「今日」、あるいは関川航平の朝三暮四

このコラムも、前回のVol.36(2016.12.30)以降、滞ってしまった。2015年の定年目前に横浜美術館から横浜市民ギャラリーあざみ野へ異動し、今年の3月で退職を迎える前に、この回と最後にもう一回分のコラムを残して終わりにしたいと思っている。

今回は、横浜市民ギャラリーあざみ野で、2020年10月10日[土]から11月1日[日]まで開催された「あざみ野コンテンポラリー vol.11 関川航平 今日」展の寄稿テキスト。

今日、関川航平の朝三暮四

関川航平を知ったきっかけは、職場である横浜市民ギャラリーあざみ野での展覧会準備中に、知り合いから面白いアーティストが居るからと紹介された時だった。面白いという意味は、関川が、画家や彫刻家や、あるいはパフォーマーといった限定した分野ではなく、様々な媒体を表現としてその都度採用している、ということだった。
実際に、準備中のグループ展*1参加アーティストとして加わった関川が出品したのは、この世にないものを形象化したドローイングだった。このことだけで言えば、関川は画家ということになり、それはそれで間違いではない。
一方、関川は、「言語」を媒介とし、それを記述したり、声で発する作品も発表している。ライブの時もあれば、その姿を映像化する時もある。言語を発するといっても、それは朗読のようにあらかじめ記述されたテキストを読む形式ではない。かと言って、シュルレアリスムのオートマティスムのような無意識から紬ぎ出される言葉でもない。これまで、蓄積化された記憶としての言葉から導き出されている。実は、関川にとって、この言語が極めて重要な位置を占めている。

先に、関川が、「この世にないもの」を形象化したドローイング作品のことを紹介した。形象化された「この世にないもの」は、確かに、文字通りあまり見たことのないイメージでもあったが、同時にどこかで見たようなイメージにも見える。実際に、同じようなイメージが他に存在していても構わないのは、そもそもこの「この世にないもの」という言語表現が、一方で、「この世にあるもの」を前提にしていることの方が重要であるからだ。
関川の発する言語は、現実に使用されている単語を元にしている。つまり、現実世界を反映している。この認識に立っているので、「この世にないもの」は、「この世にあるもの」が前提となっている。しばしば、「・・・みたい」という時も、「・・・」という共通の認識があっての事と同じだろう。「・・・みたい」と挟んだ瞬間に、それは人それぞれのイメージに回収されていく。
ところで、言語=言葉は、パースの記号論に従えば、シンボル(象徴)に分類される。けれども、言語=言葉がシンボルであると同時に、例えば書籍の索引(インデックス)に収まった単語は、写真同様に指標(インデックス)としての性格を帯びる。指標の代表格である写真は、それを指し示すテキストを伴わない限り、本来の意味が宙吊りにされる。索引の中にある単語、例えば、富士山という単語は、文中の文脈において位置付けられた時、冬の富士山なのか、あるいは、二度と見たくない富士山なのか、といった具合に文脈ごとにその意味が変化する。
関川が編み出す言葉、この場合は、言葉の羅列は、しばしば、一般的な使用方法と異なる場合がある。普段そうした使用法は採用されないであろうという意味である。関川が、今回の個展のタイトルである《今日》について問われたときにこんなふうに答えている。

「期間、みたいなことに関心があって(手拍子10回)手を鳴らしてた、期間みたいなところに関心があって、って言っていたところから、手を鳴らしていた期間が、終わって、もう手叩かないようにしないと、繰り返しになっちゃうから、手叩いてた期間が、過ぎ去って、その最中もあったじゃないですか、その手を、叩いて、パンパンパンパンって言ってるな、って思って、た時、みたいな、前と最中と後があって、その中、にいた時に、「今日」って言ったりするみたいな、期間―これを、見、てる間も、「次に瞬きするのいつ?」って、質問の、かたち、で聞かれたことを答えたりする、「次に、瞬きするのいつ?」って答えたり、「瞬きするのいつ」、みたいな、ですかね。」*2

言葉が発せられた時に纏わる時制について語られているようにも聞こえる。事実を重ねながら、実際には、事実に反するかもしれないが、言葉を介在することで、事実に反することも可能になる。言葉がなければ、それはそれ自身=指標としての現実がそこにあるしかないので、事実に反することが可能にならないからだ。

今回の展示は、会期中毎日関川が展示室内に居り、言葉を発したり、床に並べられた壁面に文字やイメージを書いたり、無言でその上を歩いたり、あるいは、食事やトイレのために不在にもなる。そして、閉室(午後6時)間際に、床の壁面を持ち上げ、反対側に倒す動作を繰り返す。こうした事態は、展覧会開幕直後になってようやく関川の口から発せられたが、細かな点は、当日まで誰も予測出来なかった。これらの動作が日々繰り返されるものの、それではいったいこの事態は、どういった表現として規定出来るだろう。広義のパフォーマンスとも言えるし、実際にドローイングをしてイメージを作り出す公開制作とも言える。ただし、ドローイングされた床に並ぶ壁面は、その日の終わりに反対側に倒されるので、結果、展覧会終了後には、それらの痕跡は観ることが出来ない。その日のうちに、ドローイングをしている側で何を書いているか、を確認するしかないのだ。展覧会図録のように出品している作品がそこにある訳でもないので、当日に展示室に居た時の記憶だけが鑑賞者の脳裏に残ることになる。まさに今日の記憶として。
言語がこの世に登場する前と後では、何が人間の認識に変化を及ぼしたのか、という議論がある。その一つに、言語なき時代には、人は現在形の時制しか認識していなかった。過去のこと、未来のことへのアクセス、あるいはアクセスの入り口を有していなかった。言語が生まれ、やがて言葉がつづられると、言葉の情報に戻りつつ、あるいは先に進みつつ、書籍がそうであるようにランダムに情報にアクセスが出来るようになると、ようやく過去と未来の時制の認識が生まれる。内田樹がそのことについて語っているので、少々長いが引用しておく。

「文字がないとき、人々は膨大な神話や伝承を口伝で記憶し、再生していた。『古事記』を口伝した稗田阿礼(ひえだのあれ)は「年は28歳。聡明な人で、目に触れたものは即座に言葉にすることができ、耳に触れたものは心に留めて忘れることはない」人だったそうである。もちろん文字は知らない。太安万侶(おおのやすまろ)が稗田阿礼の口述したものを筆記したものとされているが、安田さんによると太安万侶によるかなりの「改竄」がなされたそうである。ホメーロスの『イリーアス』も『オデュッセイア』も口承である。古代ギリシャの吟遊詩人たちは多く盲目だった。「盲目であることなしに詩人となることは不可能だ」という信憑があったという説もある。現に今にその名が伝えられる多くの古代ギリシャの詩人たちは盲目であった(先天的にあるいは事故によりあるいは自ら眼を突いて)。
それは「文字を読む」という行為と膨大な神話口碑を「口伝する」という行為の間に、記憶のアーカイブの仕方の違いという以上の、ある根本的な「断絶」があったからであろう。(中略)人類史のある時期まで、すべてのテクストは記憶され、暗誦され、口伝されていた。それは当然ある種の「歌」あるいはそれに類する独特の韻律をもつものだったはずである。そして、そうである以上、ある箇所を思い出そうとしても、そのためにはある区切りのはじめから歌い出さないと、そこには行き着けない。
内田樹「シンギュラリティと羌族の覚醒2017-09-01vendredi」
http://blog.tatsuru.com/2017/09/01_1033.htmlより引用

ここで「安田さん」とあるのは、能楽師の安田登のことを指している。さて、引用の最後の箇所、つまり容易に様々な箇所に辿り着けない、先に書いたランダム・アクセスの反対、シークエンシャル・アクセスについて語っている。今では、人は、その両方のアクセスを有しているのだが、かつては、シークエンシャル・アクセスしか手立てがなかった。「朝三暮四」や「守株待兔(しゅしゅたいと)」という諺*3も、その意味が、文字を持つものと、また持たぬものが、併存し、未だ時制の認識が深化していなかった時代の諺とすれば、何ともその間の抜けた話も了解出来るだろう。
翻って、関川の《今日》は、日々の営みが、文字化されることなく、最後には、イメージや文字の痕跡すらも床の面に倒されて確認が出来ない作業が重ねられる。朝から夕方までの関川の行為は、それが終わった瞬間に、記憶という装置をフル稼働させなければ思い出せないのだ。先述した諺は、愚かな行為として意味付けられているが、一方で、今という時制の中だけで営まれた生活が否定されている訳ではない。あらゆる情報にアクセス可能な時代だからこそ、関川の提示する《今日》は、今日を深く止めるための何処かに忘れた感覚を喚起してくれるように思う。

*1 「あざみ野コンテンポラリーvol.7悪い予感のかけらもないさ展」(横浜市民ギャラリーあざみ野、会期:2016年10月7日-10月30日)
*2 2020年10月22日に、横浜市民ギャラリーあざみ野で行われたインタビューから引用。
*3 「朝三暮四」は、詐術で人を愚弄(ぐろう)すること。中国、宋(そう)に狙公(そこう)という人があり、自分の手飼いのサル(狙)の餌を節約しようとして、サルに「朝三つ、夕方に四つ与えよう」と言ったら、サルは不平を言って大いに怒ったが、「それでは朝四つ、夕方三つにしよう」と言うと、サルはみな大喜びをした、と伝える『列子』「黄帝篇」の故事による。このエピソードに続けて、「聖人の智を以って愚衆を籠絡(ろうらく)するさまは、狙公の智を以って衆狙(しゅうそ)を籠するが如し」とある。転じて、目先の差別のみにこだわって、全体としての大きな詐術に気づかぬことをいう。『日本大百科全書(ニッポニカ)(』小学館)から。
「守株待兔」は、いたずらに古い習慣やしきたりにとらわれて、融通がきかないたとえ。また、偶然の幸運をあてにする愚かさのたとえ。木の切り株を見守って兎を待つ意から。一般に「株を守りて兎を待つ」と訓読を用いる。出典は、『韓非子』五蠹(ごと)、中国春秋時代、宋の農夫が、ある日、兎が切り株にぶつかって死んだのを見て、また、同じような事が起こるものと思って、仕事もせず、毎日切り株を見守ってばかりいたので、畑は荒れ果て国中の笑い者になった故事から。『新明解四字熟語辞典(』三省堂)から。

■展覧会情報

あざみ野コンテンポラリー vol.11 関川航平 今日
Azamino Contemporary vol.11 Sekigawa Kohei: Let’s call it a day

2020年10月10日[土]-11月1日[日]
横浜市民ギャラリーあざみ野 展示室1

休館日|10月26日[月] 開場時間|10:00-18:00
料 金|入場無料
主 催|横浜市民ギャラリーあざみ野[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]
助 成| 公益財団法人野村財団
協 力|鴻池朋子、城西国際大学メディア学部

photo:K. Boo Moon

photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜市民ギャラリーあざみ野
主席学芸員

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