2022-10-27 コラム
#都心 #音楽 #横浜みなとみらいホール

オーケストラとコンサートホールがあるという幸せ。神奈川フィルハーモニー管弦楽団 音楽監督・沼尻竜典さんインタビュー

いま横浜では、3年に一度開催される横浜の街全体を舞台とする日本最大級の音楽フェスティバル「横浜音祭り2022」が11月6日まで開催されており、街角やライブハウス、ホールなど、あちらこちらから音楽が聴こえてくる。その最中、横浜のコンサートホールの「顔」としての役割を担ってきた“横浜みなとみらいホール”が改修による長期休館を経て、リニューアルオープンとなった。開幕を飾るのは「横浜音祭り2022」のプログラムの一つで、“神奈川フィルハーモニー管弦楽団”(以下、神奈川フィル)による演奏会。今回は、神奈川フィルの音楽監督を務める沼尻竜典さんに、音楽、オーケストラ、コンサートホールなどいくつかの視点からお話をうかがい、音楽のある街・横浜の姿を捉え直した。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団(写真提供:神奈川フィル/撮影:藤本史昭)

横浜みなとみらいホール外観(撮影:平舘平)

新しい門出を祝す金管とパイプオルガンの響き

1年10ヵ月の長期にわたる休館を経て横浜みなとみらいホールが再開する。10月29日からリニューアルを記念するコンサートが始まり、約1カ月にわたってさまざまな形でホールの新しい船出を祝うことになっている。この記念となる公演は「横浜音祭り2022」と密な連携が取られて実施されている。

新装なった大ホールの幕開けにまず響くのは、神奈川フィルによる壮大で、きらびやかなオーケストラの響きとなる。神奈川フィルと横浜みなとみらいホールは、1998年の開館以来、定期演奏会や、公開リハーサル、アウトリーチ、また、新型コロナウィルス感染症拡大状況下での「横浜WEBステージ」への登場や、「無人オーケストラコンサート」の実施など、協働で数多くの事業を行っており、緊密な関係にある。
今回は、神奈川フィルの音楽監督に2022年4月に就任した沼尻さんに「横浜と音楽」についてお話を伺った。

インタビュー:
神奈川フィルハーモニー管弦楽団・音楽監督 
沼尻竜典さんに聞く

神奈川フィルハーモニー管弦楽団音楽監督 | 指揮者・沼尻竜典さん(撮影:藤本史昭)

−−神奈川フィルの音楽監督に今年4月に就任されました。沼尻さんはドイツのオーケストラや、国内のほかの地域のオーケストラを数多く指揮したご経験がおありかと思いますが、今年から横浜に本拠地を置くオーケストラの音楽監督になられて、横浜をどう捉えていらっしゃいますか?また、どのようなビジョンをお持ちですか?

沼尻:横浜という街そのものが魅力的です。西洋に向かって船が出ていく港であったわけですから、西洋音楽にこれほどふさわしい街はほかにありません。この街で西洋を発祥とするクラシック音楽やポップス・ジャズを奏でられることはすてきなことだと思いながら演奏しています。

横浜市に拠点があって数十名の演奏家が所属している常設のオーケストラは神奈川フィルだけです。神奈川フィルが活動拠点としているホールは横浜に4つもあるんですよ。横浜とはもともと関係が深いですが、もっと緊密にしていきたいと思っています。各家庭のリビングのマガジンラックには神奈川フィルの年間予定の冊子が入っているのが理想的ですね。そのためには市民との交流の機会をもっと増やしたいです。リハーサルを公開したりなど、市民の方に散歩がてら演奏を覗きにきてもらいたい。市民とオーケストラがつながっていることは、双方にとってとても大事なことだと思います。私が住んでいたドイツ・リューベックの街は、横浜よりもずっと小さいせいもありますが、地域の大人とも子どもたちともオーケストラの結びつきがしっかりとあります。そんな経験も横浜に活かしていきたいです。

「神奈川フィル公開リハーサル」市民が気軽にリハーサルの様子を見学できる(かながわアートホールにて/写真提供:神奈川フィル)

−−活動拠点のひとつである横浜みなとみらいホールにはどんな特徴がありますか?またその特徴を生かしたプログラミングとはどんなものになりますか?

沼尻:横浜みなとみらいホールはなんといっても響きがすごくいい。国内、世界的に見ても屈指の音響です。そして大きなパイプオルガンがあるのが特徴です。

10月29日のリニューアル記念のコンサートでもパイプオルガンの入る、リヒャルト・シュトラウスの《アルプス交響曲》を演奏することにしたわけです。海があり、山があり、オーケストラのある街・横浜のコンサートホールの開幕を祝うのにふさわしい壮大な交響曲です。三善晃の《管弦楽のための交響詩「連禱富士」》と2曲に共通するのは「祈り」、嵐の過ぎ去ったあとの穏やかな風景であったり、大自然への畏敬の念など、人間の根源にあるような祈りの気持ちの表現です。新しい横浜みなとみらいホールの門出への思いも込めています。

横浜みなとみらいホールの音響の特徴は、ダイナミックレンジが広いこと、大きな音から小さな音までしっかりと届くことです。10月29日は、日本の現代の作曲家と、ドイツの後期ロマン派というオーケストラ音楽が最も熟した時期の音楽を聴いていただくことで、良いホールでオーケストラを聴く醍醐味を味わっていただきます。10月30日は、神奈川フィルが「ヨコハマ・ポップス・オーケストラ」と名を変えて、別の姿、自在な対応力を見せたいと思います。ジャズの作曲家・挾間美帆さんに委嘱した作品を世界初演しますし、ジャズの奏者と火花を散らします。

この両方のコンサートに来ていただければ、横浜みなとみらいホールの音響の幅広さと神奈川フィルの力量と柔軟な音楽性とを存分に感じていただけると思います。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団(写真提供:神奈川フィル)

−−横浜みなとみらいホールの音響はどのようにオーケストラに影響しますか?

沼尻:演奏するコンサートホールに合わせてオーケストラは身体を変えていくものなんですが、基盤となる音は本拠地とするコンサートホールが育てて形づくってくれます。神奈川フィルは屈指の音響を誇る横浜みなとみらいホールが本拠地なので、ここが持っているいい響きの音が、神奈川フィルの基準・ベースの音となるのです。非常に恵まれていますよね。しばらく離れていたよい響きに、また戻ってこれるのはとても嬉しいことです。

−−今回のコンサートは“すべての人に音楽を届けるフェスティバル”(横浜音祭り2022 ディレクター挨拶より抜粋)を目指す「横浜音祭り2022」の一環です。音楽のある社会とはどんなもので、オーケストラは社会にどんな役割を果たすのでしょうか?

沼尻:私は、オーケストラというのは社会の「インフラのひとつ」と言っています。その意味は生活や暮らしを支えている「あってあたりまえ」のものだということです。横浜に住んでいる人は幸せですよね、オーケストラがあるんですから。とはいえ、オーケストラは大きな組織なので、社会に支えてもらわなければ生きていけない存在でもあります。お互いに大事にし合うことで、お互いに幸せな生活、人生を生きることができるのです。

神奈川フィルと横浜みなとみらいホールの協働の様子

神奈川フィルメンバーによるトリオ演奏風景 大ホールホワイエにて(写真提供:横浜みなとみらいホール/撮影:平舘平)

横浜WEBステージ収録風景(写真提供:横浜みなとみらいホール)

神奈川フィルと横浜みなとみらいホールの関係性の広がりや、オーケストラと社会との幸福な関係を語る沼尻さんの熱心な思いが、これからも果たされていくように応援していきたい。

どこが変わった? 横浜みなとみらいホール リニューアルオープン

横浜みなとみらいホール(撮影:平舘平)

今回の大規模改修の目的は、主に耐震性の強化とバリアフリー対応化だった。大ホール入り口すぐの3段の階段をスロープ化するなど、新井鷗子館長が目指す「誰にでも開かれたホール」のメッセージが名実ともに実現されることになった。
また、1998年に設置されて以来、初めてパイプオルガンのオーバーホールも行われ、華やかな明るい音色と豊かな響きにさらに磨きがかかった。2022年4月に第2代ホールオルガニストに就任した近藤岳(こんどう たけし)さんもオルガンの整音にリクエストを出したという。近藤さんは「ますます深みを増した“Lucy”の響きをぜひ楽しみに来てほしい」と喜びを語っている。

オルガン“Lucy”と大ホール(撮影:平舘平)

横浜みなとみらいホールは休館前まで利用者が絶えず、演奏の聴こえない日はなかったほど。そんな音楽のある日常が戻ってくるにちがいない。

新たな幕開けを飾るコンサートは、国内外のオーケストラによる壮大なプログラム、節目を迎える歴史あるピアノ・フェスティバル、第2代ホールオルガニスト就任記念リサイタル、横浜みなとみらいホールプロデューサー2021-2023を務める藤木大地さんの登場、障がいの有無を超えて音楽を共有するインクルーシブ・コンサートなど、盛りだくさん。生のホールの響きを味わえる日々がまた始まる。

オーケストラのある街、横浜に住む幸せ

「交流の機会をもっと増やしたい」、「市民とオーケストラがつながっていることは、大事なこと」−−横浜みなとみらいホールのリニューアルオープンに際して沼尻竜典さんから聞かれたこんなメッセージは、コロナ禍を経て、人と人とのつながりの大切さを改めて感じている私たちに喜ばしく届く。

これからも横浜みなとみらいホールと神奈川フィルが様々な活動を通して、より多くの人に「音楽のある豊かな生活があたりまえであること、そしてその幸せを感じること」を届けてくれることを心から期待している。

取材・文:猪上杉子


≪ プ ロ フ ィ ー ル ≫

撮影:藤本史昭

沼尻 竜典(ぬまじり・りゅうすけ|指揮)
2022年4月より神奈川フィルの音楽監督に就任。これまで国内外数々のポストを歴任。ドイツではリューベック歌劇場音楽総監督を務め、オペラ公演、リューベック・フィルとのコンサートの双方において数々の名演を残した。ベルリン、ロンドン、パリ、モントリオール、シドニー等世界各国のオーケストラ、ケルン、ミュンヘン、ベルリン、バーゼル、シドニー等の歌劇場への客演を重ねている。芸術監督を務めるびわ湖ホールでは、ミヒャエル・ハンベの新演出による《ニーベルングの指輪》を上演、空前の成功を収めた。14年にはオペラ《竹取物語》を作曲・初演、国内外で再演されている。17年紫綬褒章受章。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団

1970年に発足。地域に密着した音楽文化の創造をミッションとして、神奈川県全域を中心に全国各地で幅広い活動を続けている。横浜を中心とする定期演奏会、県内各地を回る巡回公演などの主催公演を開催。音楽教育にも積極的で、小中学校での音楽鑑賞教室を全国各地で開催し、広い世代に音楽の魅力を伝え、また医療機関や特別支援学校への出張演奏も積極的に行っている。2020年には創団50周年を迎えた。指揮者陣は、名誉指揮者に現田茂夫、特別客演指揮者に小泉和裕、2022年4月からは沼尻竜典が音楽監督に就任。

横浜音祭り2022

2013年より3年に一度、横浜で開催される4回目の日本最大級の音楽フェスティバル。国内外で活躍するトップアーティストの公演、子どもたちがプロのミュージシャンに学ぶワークショップ、週末ごとに街なかで様々な音楽が楽しめるストリートライブなど、横浜が多彩な音楽で溢れる51日間

■会 期:令和4年9月17日(土)~11月6日(日)
■会 場:横浜市内全域〈横浜の“街”そのものが舞台〉
■ジャンル:クラシック、ジャズ、ポップス、日本伝統音楽などオールジャンル
■プログラム数:約300
■ディレクター:新井鷗子
■主催:横浜アーツフェスティバル実行委員会
■共催:横浜市、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団


IMFORMATION
横浜みなとみらいホール リニューアル記念事業

2022年10月29日(土) 15:00開演(14:20開場)
〇出演:
沼尻竜典(指揮)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
〇曲目:
ヤン・ヴァンデルロースト:横浜音祭りファンファーレ
三善 晃:管弦楽のための交響詩《連祷富士》
R. シュトラウス:アルプス交響曲 Op. 64
〇主催:横浜みなとみらいホール(公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団)
〇共催:横浜アーツフェスティバル実行委員会

ヨコハマ・ポップス・オーケストラ 2022

2022年10月30日(日曜日)17:00開演(16:15開場)
〇出演:
沼尻竜典(指揮)
ヨコハマ・ポップス・オーケストラ(神奈川フィルハーモニー管弦楽団)
類家心平(トランペット)、椎名豊(ピアノ)、井上陽介(ベース)、ジーン・ジャクソン(ドラム)
〇主な演目:
W.シューマン/アメリカ祝典序曲
バーンスタイン/ウエスト・サイド・ストーリーより「シンフォニック・ダンス」
挾間美帆/横浜JAZZ協会創立30周年記念委嘱作品 「ベイ・プロムナード」*世界初演
〇主催:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
〇共催:横浜アーツフェスティバル実行委員会

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