横浜で出会ったミュージシャンをきっかけに生まれた作品
直近の3作は女性をテーマにした映像作品だ。1作目の《Retelling Yokohama》(2019年)は東京藝術大学大学院映像研究科の修了作品として制作した。きっかけとなったのは、修士1年次の高山明教授の授業での課題だった。それは、リヒャルト・ワーグナー作曲のオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を横浜で上演するというもの。リサーチのなかで、佐藤さんは横浜で活動するミュージシャンで、洋楽を日本に取り入れたグループ・サウンズのバンドThe Golden Cupsのメンバーであるルイズルイス加部さんという男性に出会った。彼は第二次世界大戦後、進駐軍と日本人女性の間に生まれた、いわゆるGIベビーであり、子どもの頃から多くの差別を受けてきた。
「もともと女性をテーマに描くというよりも、彼を主人公にした作品を制作しようと思っていました。ですが差別を受けてきた本人にカメラをむけて、自身の出自や過去のことについて、無理やり言葉を引き出すのは難しいと感じました。」
そこで主人公を加部さんの母親にし、彼の娘に演じてもらう方法で作品をつくった。映像に登場する根岸外国人墓地には、多くのGIベビーが眠っているとされている。さまざまな理由から育てられず埋葬された赤ちゃんたち。語られることの少ないその歴史を、《Retelling Yokohama》では加部さんの母親の人生を通して淡々と伝える。
2作目の《Girls Got Golds》(2020年)は大学院修了後、文化庁新進芸術家海外研修で渡ったオランダで制作した。体操競技に初めて女子の参加が認められた1928年のアムステルダムオリンピックに出場し、金メダルを獲得したオランダのエルカ選手が自身の人生を語る。エルカ選手を演じたのは孫娘。その語りのなかで判明するのはエルカさんがユダヤ人であり、第二次世界大戦中にナチスの迫害から逃れなんとか生き延びたが、自分以外のユダヤ人チームメイト、ユダヤ人コーチはみな殺害されたという衝撃の事実だ。
佐藤さんが一連の作品を通じて、目を背けたくなるような歴史に焦点を当てるのは、彼女が感じる、現代における「生きづらさ」が出発点にあるという。そして作品をとおして「現在と過去を同時に語ること」を目指していると話す。
「『生きづらい』と感じるのはなぜか。それを探るには、『いま』だけに注目するのではなく、歴史に目を向けることが重要なのではないか、と思ったのです。これまで生きてきた一人ひとりの歴史が絡み合い、現在の世界ができている。だれかの人生をたどることで、世界を知り、アーティストとして、また女性としての生きづらさの理由を見つけたいのかもしれません。作品をつくることが、自身の療法のようにもなっています。」
映像のなかで語りを担当する女性たちは、決して著名人でも悲劇のヒロインでもない。だが、その祖先の人生を語ることで、なぜいま我々がここに生きているのかが見えてくるのかもしれない。
料理本から見える、戦争と政治と女性たち
最新作《Book and Knife》は、それまでの2作とは異なり、亡くなった誰かの人生を語った作品ではない。3人の女性が順に紹介するのは、オランダに関連する3冊の料理本だ。
「1967年、インドネシア政府から出版された料理本はスカルノ大統領のアイディアでつくられました。オランダや日本による占領から独立したあと、料理という方法で国民の団結や民族交流の目的があったようです。また1957年に中華系インドネシア人が書いた本は、インドネシア料理、中華料理、ヨーロッパ料理など広く紹介されていますが、『女性なら誰でも料理の仕方を知っていなければならない』といった表現もありました。さらに1902年に出版された本は、オランダがインドネシアを支配したときに、インドネシアに住むオランダ人女性のために書かれたもの。その本からはインドネシアの女性がメイドのように扱われていた様子がわかりました。100年以上前に出版された本も含めてどれも重版され、いまでも購入できます。本というメディアの強さに気づき、料理本から見える女性たちを描きました。」
オランダでの生活のなかで、インドネシア料理店やスリナム料理店をよく見かけ、これらの料理がオランダ人に好まれていることを知った。中南米にあるスリナムは、インドネシアから遠い国でありながらインドネシア料理と似たメニューが多く、「なぜだろう」と疑問に感じ、そこからリサーチを始めると、植民地や奴隷の歴史が見えてきたという。
佐藤さんの制作において重要なのが、こうした日々の疑問や出会いを出発点にした、入念なリサーチでもある。リサーチ段階から複数人のチームで行っていて、「《Book and Knife》でも、オランダ語やインドネシア語で書かれた料理本の翻訳は一人で難しく、翻訳を手伝ってもらいました。アーティストは、研究者のリサーチと違い、やや偏ったリサーチかもしれませんが、そこが面白いところだと思っています。」と話す。
「女性の不平等を直接的に訴える表現は得意でないのですが」と語る佐藤さん。料理など日常的なモチーフからアプローチすることで、女性がこれまでどのように生きてきたか、さまざまな角度からその歴史を紐解いていく。
一つひとつの出会いを大事にしながら、そこから広がる興味を丁寧にリサーチし、表現していく佐藤さんの今後の活躍に注目したい。
文:佐藤恵美
写真:森本 聡(※以外 カラーコーディネーション)
【プロフィール】
佐藤未来(さとう・みく)
美術家。オランダと日本を拠点に制作を行う。2009年武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業、2019年東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。2021年より同大学院博士後期課程在籍。さまざまな場所のフィールドワークをベースに、そこに住む人々を起用してプロジェクトを立ち上げていく。映像インスタレーション、ワークショップなどを用い、歴史をオルタナティブなかたちで再演することを試みている。主な個展に2020年「Girls Got Golds」(puntWG、アムステルダム)、主なグループ展に2019年「Findet mich die Welt?」(Galerie 21、ハンブルク)など。2019年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修員。