主役は子どもたち
2022年3月現在の「子ども取材班」メンバーは小学3年生〜6年生の15人。なりたい職業は先生や医者、デザイナー、バスケ選手、珈琲屋、情報誌の企画営業などさまざまだ。コロナ禍で2回目以降の取材はすべてリモートになったことから、大阪や愛知など地方の子どもたちも参加している。
取材相手は「働くことに対して熱意があって、できるだけ身近にいない職業の人」。吉川さんから依頼する人だけでなく、活動を知ってSNS等で「取材受けるよ」と言ってくれる人もいる。
取材ごとに参加者をメンバーから募集し、参加メンバーは事前に相手に回答してもらったアンケートを読んで新たな質問を考えておく。本番は、困ったときは吉川さんがフォローすることもあるが、基本的にメンバーが自分たちで進める。
「当日は99パーセント子どもたちに任せっぱなしです。あいさつをして、じゃあ あとはよろしくねと私はミュートで画面も消してしまいます。子どもが主役であるということがこの活動のブレない軸です」
ウェブサイトのロゴやイラストも、子どもたちが作成した。「自分たちのNARIWAIなんだと感じてほしい」という吉川さんの思いが、端々から伝わるサイトになっている。
自分の可能性を知ってほしい
中学校と高校の教職課程をとり、子ども関係の仕事を経て保育園に就職した後に保育士の資格をとったという吉川さん。その後保育士として新たに就職した保育園の理事長に、所長として一緒に新しい学童を開設しないかと誘われた。そこではやりたいことを積極的に提案し実施していたという。
しかし収益事業である民間の学童ではやりづらいことも多く、個人でできることを始めようと2018年に立ち上げたのが「YOKARO」だ。
「保育士時代や学童時代の生徒たちに声をかけて、小学4年生〜6年生の子どもたちが主体となってものづくりのワークショップを開催しています。『何を作ってみたい?』『どういうものがあったら毎日使いたいと思う?』と相談をして内容を決めて、当日は子どもたちがYOKARO Kidsとして店員になってワークショップを運営します。私は金銭の授受と、アドバイスをするぐらいです」
子どもたちが主役の場をつくりたい、自分でできることを実感してほしいと、能動的な学習スタイル“アクティブラーニング”の要素を取り入れた活動を行うYOKARO。吉川さんがこれまで接してきた子どもが親御さんの顔を見る場面も多く、何か意見を求めると「ママに聞いてみる、パパはこう言ってた」と返ってくることも、「子どもがどうしたいのかを大事にしたい」と考えるきっかけの一つになったという。
さらに2019年に、子どもたちに自分の将来について考える機会を持ってほしいと、活動の一環としてNARIWAIの企画をスタートした。こちらは吉川さんとウェブサイトの制作・編集、広報・デザインをそれぞれ担う2人の合わせて3人の大人が携わっている。
「学童では自分のプログラムをいくつか持っていて、小学1年生〜3年生と社会問題について学ぶ授業のようなものもありました。発展途上国・フェアトレードやバリアフリーといった少し難しいテーマも扱っていましたが、子どもたちは家の人に『今日はこういうことをやって、こういう風に考えたよ』とちゃんと説明ができるんですね。
でも将来の話になると、『宇宙飛行士にだって何だってなれるんだよ』と言っても、『そんなの無理だよ』と返ってくる。この子たちは自分の可能性に全然気づいてないんだ、知らず知らずのうちにブレーキをかけているんだなと思ったんです」
子どもが聞きたい、読みたいこと
NARIWAIは、「働く大人に『仕事』と『お金』の関係について聞く」という趣旨を毎記事の冒頭に掲げている。お金のことなども子どもだからこそ率直に聞くことができ、大人が用意した資料ではなく子どもの聞きたい内容が詰まっているのが見どころだ。
「答えたくない・答えづらい質問があれば大人は『それはちょっと今は言えないなぁ』とちゃんと言ってくれるから、遠慮しないで聞こうとは伝えています。できるだけ良い面もそうでない面も子どもたちに伝えていただきたいので。
あとは、進行ばかり気にせずお話を楽しんでほしいので、できるだけ手元ではなく画面を見るように。でもいつも熱心にメモをとっていて感心しますね」
子どものユニークな視点に驚かされることは、「もう、山ほどある」と吉川さん。
「『学校の勉強が今の仕事に役に立ってることはありますか』という質問には、そうくるんだと思いました。
猟師さんへの取材では、動物が好きな3年生の子が『僕は動物が山から下りてきてしまうのは人間のせいなんじゃないかと思うんですけど、動物が害獣と言われてしまうのはなぜですか』といったことを聞くんですね。猟師さんの物語を事前に読んで、思ったことを質問にしているんです。
大人とは違ういろんな角度から物事を見るんだなぁ、この子たちに任せて良かったなと思います」
大人も学ぶ機会に
取材先の反応で一番多いのは、「子どもを相手に話すのは本当に難しい」というものだ。ついつい専門用語や難しい言葉が飛び出すが、以前は吉川さんが補足していたところを、今は相手に直接説明してもらうようにしたという。
「アンケートでも、『マーケティング』という言葉が出たら注釈を付けて意味を書くなどしていましたが、やはりプロの方から説明を受けた方が良いなと。途中からは、分からない言葉があったら直接聞いてみようと言うようにしています。取材先の方もこちらが良い経験になりましたと言ってくださって嬉しいですね」
公開されている記事を見てみると、「効率」「取引先」「設備」といったちょっとした単語にも丁寧に注釈が付けられているほか、実際に話の中で「天職」という言葉が出てきた次の質問で「てんしょくってどういう意味ですか?」と聞いている場面も。子どもが読みやすいよう気配りがされているだけでなく、大人が子どもに話すときにどんな言葉を噛み砕けば良いか、どんなことが気になるのか、読む側も学ぶことができる。
「子ども取材班」新規募集!
都内から横浜に引っ越してきたことから、活動拠点を横浜に移した吉川さん。今年8月から新しい子ども取材班メンバーを募集される予定だ。
「自由研究や学校の宿題に生かしてくれている子もいて、先日は学校のプレゼン大会で賞が獲れたよと報告してくれました。それはNARIWAIのおかげじゃなく皆のがんばりですが、取材で自信が付いて、それが活かせていたら嬉しいなと思います。横浜・神奈川の小学生にぜひ参加してほしいです」
*募集について詳しいことは、NARIWAIのホームページに掲載されます。
https://nariwai-kids.com
文:齊藤真菜
写真:大野隆介(注釈のないもの)
【プロフィール】
吉川ゆゆ
YOKARO代表。Kidsワークショップや子どもに関わるイベントを企画・運営。子どもが主体となるような保育・教育をテーマに活動中。その派生で、小学生の子ども取材班が働く大人に取材をする活動「NARIWAI」を発足。子どものうちから、仕事とお金について考える機会を設けている。経歴は、保育補助を経て保育士・主任として現場に勤め、2015年には民間学童の立ち上げから所長も経験。オンライン家庭教師では英語に関わる内容に取り組み、グローバルな視野を育むことを目的としている。ワークショップの際は、アクティブラーニングの要素を取り入れ、Kids店員を取り入れるなど子ども主体で取り組んでいる。