メキシコ・オアハカでのレジデンスを終えて
― 高野さんはこれまでもインドやペルーなど、各地の布や手仕事をリサーチされていますが、メキシコ・オアハカのレジデンスではどのような活動をされてきたのでしょうか。
高野萌美(以下、高野):私が滞在したレジデンスは、アーティストに限らず料理家やライター、文化人類学を専門にするリサーチャーなどさまざまな方が滞在しています。作品のような形で成果を残すことは滞在の条件にないこともあり、おもにリサーチをメインに過ごしました。オアハカはメキシコ南部のまちで、先住民族も多く生活し、刺繍や織りの技術も独自に発展しています。そうした先住民族が生活する村に行き、手仕事を間近でみることができました。
― 2021年11月に出発されて、1ヶ月ほど滞在されたとのことですが、印象深い出来事などはありましたか。
高野:コロナ禍の影響で外国人、特にアジア人が少なかったので、どこにいっても目立っているのを感じていました。スペイン語は少し勉強していきましたが、それでもこれまで訪れた国と比べて言葉の問題や食事の違いなど自分にとって環境の変化が大きいのを感じました。特に、滞在の最後に首都のメキシコシティに寄って、メキシコを代表する建築家、ルイス・バラガン(1902-1988)の自邸に寄った経験は印象的でしたね。バラガンは同時代のアーティストとの交流も多く、ドイツ出身のアーティスト、ヨゼフ・アルバース(1888-1976)に相談してつくったとされる彼の絵画のレプリカが置いてありました。そうした交友関係や当時の生活を垣間みることで、バラガンが「心地いい」という感覚を大事にしていたことが伝わってきた。時を隔ててもその感覚に共感できました。リサーチした内容をどう作品にいかしていくかも、これから考えていきたいと思います。
作品をつくる過程とタイトルに込められた思い
― 作品について伺っていきたいのですが、高野さんのウェブサイトにあるアーカイブ画像を見ていると、2021年はたくさん制作されていますね。作品はどのようにつくられているのでしょうか?
高野:作品のつくりかたとしては、木のパネルに布の作品をはっていることが多いですが、最近では木工所にいってパネルから制作しています。写真だと伝わりにくいのですが、数センチの厚みがあって、側面に刺繍しているものも。平面に見えますが、立体作品に近いかもしれないです。
― 織りのあとに刺繍して、ペイントして、とさまざまな手法を重ねていますよね。
高野:順番もわかりにくいですよね。時間軸が曖昧になっていると思います。丁寧に刺繍した部分にバッとインクをかけたり、はさみをいれたりも。直して、壊して、縫ってなどを繰り返して作品ができています。
― 作品のタイトルもとても気になります。たとえば《以後への旅路》(2021)という作品、これはどのような意味なのでしょうか。
高野:ことばを日々ストックしているのですが、そのなかから選んだり、作品を前に新たにことばを考えたりしてタイトルをつけています。この作品ができたとき、窓のようだなと思ったんです。そして、以前つくった《いつも彼岸で》(2019)という作品がパッと浮かびました。「いつも彼岸で」とは「常にあの世にいるような気持ちでいきている」といった意味合いでつけたタイトル。それと似た感覚を今回は窓の印象と合わせて、英語タイトル「Bound for Post-Life」で表しました。日本語訳すると「Post-Life」=「別の次元」「人生以後」にいくための旅路、という意味です。
― そのほかの作品のタイトルも詩的ですよね。
高野:言語に興味があるのですが、だからといって詩やエッセイは試しているもののまだ納得がいくかたちで書けないので、作品のタイトルというフォーマットが私にとってはちょうどよくて。作品のタイトルだと、ことばにもいろいろな解釈が生まれますよね。日々の生活や社会に対して考えていることを書き留めているのですが、それらをビジュアルアートのタイトルにすることで、ことばが自分から離れて存在できる気がしています。
それぞれの手仕事を通した「世界」
― そもそも、高野さんはなぜ布を素材に制作しているのでしょうか。
高野:なぜ布を好きなのかを考えたときに、一つは、子供のころにたまごっちやゲームボーイなどに熱中し、コンピューターのドット絵に慣れ親しんでいたことは影響しているかもしれません。布も経糸(たていと)と緯糸(よこいと)で織られていて、ドット絵のように小さなグリッドの集まりで模様=世界が表現できる。植物や動物、太陽や星そして人間が手のひらの上でいきいきとうつし出され、それがとても愛おしい。そうした共通点があるのかなと思います。ですが、本当は布の表現を通して伝えたいことは、言葉にすると結構シンプルなのかもしれないなと。「生きているっていい」とか「世界はこのままでいい」といったことなのです。
― それはどのようなことでしょうか?
高野:衣服はもちろん、窓にかかるカーテン、寝るときに使う布団、テーブルをふく布巾など、布は人が生きるうえで身近で必要なものです。世界中のどの国でも使われ、つくられていて、その地域固有の表現があります。そんないろいろな地域でつくられた布を見ると、それぞれの生活や文化的背景を感じとることができる。布をつくったり使ったり、さまざまな手仕事を見るたびに人間の生きていく力を感じ、「色々あるけれど、世界はこのままでいいんだ」と思えるのです。それが布を扱う大きな魅力だと思っています。この時代に少々楽観的すぎるかもしれませんが、そういうふうに大きな視点で物事を捉える機会を布は与えてくれる。私はそれを証明するために糸や布と共にこの複雑な世界で戦っているのかもしれません。
― 各地で手仕事のリサーチを続けることが、作品を生み出すことと同等に、高野さんにとって大事なのですね。
高野:手仕事に興味があるのは、そこに何かしらのピュアな部分があると信じているからです。布の手仕事に携わる人たちの生活の背景や思いはそれぞれ違うと思います。生活のためにつくる人、楽しみのためにつくる人、それぞれです。そこには労働環境や搾取、差別などの問題ももちろんあります。ですが、そこでつくられたものをみると「ここをずらさずに押すぞ」とか、「この形のあとにこの形を入れたらいい模様ができる」など、つくり手が何を考えていたのかが垣間見られる。そうして丁寧に考えてつくられた布からは、なぜか平和を感じることができるのです。布の製造に限らず、手を動かしてものをつくることは生きるうえでの困難さを別のものへと変容させる、折り合いをつける手段でもあると思います。
― 今後の活動としては、2022年の春までに作品集を制作される予定ですよね。
高野:いままでも作品集をつくったことはありますが、ただ作品を正面から撮影して掲載するだけでは伝わらないものがあるのではないか、と思っています。それはメキシコの経験が大きく、実際に身体的に経験しないとわからないことや伝わらないものがあると感じました。いま制作中の作品集では、作品の立体感を表現したり、一部を拡大して載せたりなど、より感覚的・空間的に伝わるようにしたいと思っています。また先ほどお話ししたように興味と課題でもある「ことば」を作品のタイトル以外にも自分で書いて載せてみようと考えています。
― 世界に目を向けたとき、問題や課題ばかりに目を向けてしまいがちですが、高野さんは手仕事を通して人の営みのポジティブな面に目を向けられていると感じました。作品集もこれまでと違ったものになりそうで、できあがるのが楽しみです。
構成・文:佐藤恵美
撮影:大野隆介(*を除く)
【プロフィール】
高野萌美(たかの・もえみ)
1993年神奈川県生まれ。現代美術家。高校を卒業後に渡英し、ロンドンで現代アートを学ぶ。幼少期に親しんだコンピューターグラフィックスのピクセルによる図画との類似性から布の経糸と緯糸が織りなすパターンに興味を持ち、布が抱える社会・文化的背景と美術史が混交する地点を模索している。近年は紡ぎ、染め、織り、刺繍など布の製造にまつわる手作業に自ら関与し、できたものをあたかも大量生産された材料であるかのように大胆に使用した平面・立体作品を制作、タイトルとあわせて個の営みが持つ儚さと強さ、現代社会に生きる悦びと虚しさなど、複雑な生の在り方の表現を試みる。
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