横浜市内外で活躍する人や場所を紹介し、芸術文化と社会との関わりから生まれる価値や役割を考える機会として、アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)が開催する「ACYフォーラム」。2025年7月11日に、vol.5が開催されました。
今回のテーマは、「横浜発の創造性:広がるつながり、新たなチャレンジ」。横浜で新しい3つの展開が始まろうとしている今、その運営者とともに連携や協働のきっかけを探る機会となりました。
前半はBankPark YOKOHAMA /(株)竹中工務店の倉田駿さん、Art Center NEWの小川希さん、BankART1929の細淵太麻紀さんが登壇し、各団体の活動概要や協働の可能性について発表。後半は、企画・編集者の橋本誠さんをモデレーターに迎えたディスカッションや情報交換会が開かれました。
取材・文:安部見空(voids)
写真:大野隆介

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BankPark YOKOHAMA
「工藝」をテーマに、人・もの・文化が交差する憩いの場へ
2025年秋に開業予定の共創拠点「BankPark YOKOHAMA(以下、BankPark)」がつくられる建物は、歴代「BankART1929 Yokohama」「ヨコハマ創造都市センター」などが入っていた旧第一銀行横浜支店。馬車道駅直結の好立地で、元々は明治時代に今ある場所から数百メートル離れた場所に建てられた銀行建築でした。
その後2003年に建物の一部をそのまま現在の場所に移動(曳家)。実はこの曳家の際に、BankParkの運営主体である建設会社の竹中工務店が関わっていたそうです。

BankPark YOKOHAMA /(株)竹中工務店の倉田駿さん
東京都内でも歴史ある建物を活用し、保存再生する「レガシー活用事業」に取り組んできた竹中工務店。その第3弾がBankParkです。
「さまざまな人・もの・文化が交差する、憩いの場をつくっていきたい。この重厚で象徴的な建物を、いかにして市民に日常的に使ってもらえるか。公園のような場所になってほしいという思いから『BankPark』と名付けました」
日常的な場所であると同時に、文化を発信し共創していく場でもあることを目指す「BankPark」。掲げたテーマは「工藝」です。

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工藝を中心に据え、「CRAFTING PARK」と「未来共創BANK」という2つの拠点がつくられていくと倉田さんは話します。
1階・2階がつながった吹き抜け空間につくられる「CRAFTING PARK」には、器を楽しむクラフトカフェ、工藝を学ぶライブラリー、花を生ける花器から着想したフラワーショップ、工藝作品が購入できるギャラリーなど、工藝によって日常を彩るさまざまな機能が点在。この場所は「非日常のにぎわい」を生み出すイベントやスクール、ワークショップ会場にも変わります。
「未来共創BANK」は、主に地下1階と2階、3階につくられるシェアオフィス。工藝の「ものを使い続けていく」という考え方から、「資源循環・サステナブル」をテーマにし、市民・企業・団体・クリエイターが定期的に集い話し合う「コラボミーティング」を構想中。それぞれがもつ課題を、クリエイティブの力によって解決へと導く場所を目指しています。
現在は秋口の開業を目指して工事中で、5月にはプレイベントを開催しました。
「学校の体育館は、床剤を数十年に一度取り替えるため廃棄物が多く出ます。その廃棄物を使って、子どもたちが椅子をつくるワークショップを企画。子どもたちの楽しむ姿を見て、ものづくりの手触り感の大切さを改めて感じました」
まさに、課題を解決しながら市民の憩いの場をつくる、BankParkのコンセプトが体現されたワークショップになったようです。
(7/31のプレスリリースにて、「CRAFTING PARK」は「CRAFT.」、「未来共創BANK」は「goodroom lounge横浜馬車道」と名前が決定しました。)
Art Center NEW
オープンスペース、カフェ、ZINEショップを入り口に、ひらかれた空間へ

Art Center NEWの小川希さん
みなとみらい線新高島駅地下一階に、今年6月にオープンした「Art Center NEW」(以下、NEW)。ディレクターの小川さんは「新しさとは何かを問いかけるスペースになれば」と話します。
2008年から東京の吉祥寺にある「ArtCenter Ongoing」(以下、Ongoing)を運営してきた小川さん。ギャラリーやカフェを併設した芸術複合施設で、2週間に1度、小川さん自らがアーティストを招へいして企画展を開催してきました。17年間続けてきた経験やアーティストとのネットワークを元につくられたのが「NEW」です。
新高島駅構内の通路を活用した空間と、その奥に広がる巨大なギャラリーの、大きく2つの空間を擁し、通路側とエントランスは無料で誰でも出入りできるオープンスペース。
「アートは敷居が高い、わからないと思っている人も多いと思うんです。そんな人たちが、『なんか面白いものがある』くらいの感じで、気軽に入れる空間になってほしい」
エントランスにはアーティストのグッズを販売するスペースや カフェを併設し、ドリンクやお菓子のほか、吉祥寺のOngoingでも評判のカレーなどを提供しています。
そして、もう一つの特徴は、130冊ほどのZINE(ジン:個人やグループが自由につくる冊子)が並ぶ壁面本棚。1970年代にアメリカで始まったカルチャーだといわれるZINEは、若者を中心に盛り上がりをみせています。国内外のZINEを目当てに来る来場者も多いのだとか。

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「ZINEやグッズを見るだけでも楽しいですし、最近はカフェ好きの方や仕事帰りの方が、ふらっと立ち寄りこの空間を使ってくれています。そういう人たちがアートも見て、盛り上がってくれたりするのがすごくうれしい。子どもにも来てほしいと思っていて、靴を脱いで寝転がれたり、ゲームや読書をしたりして過ごせる小上がりをつくりました」
奥のギャラリーは、コンクリート打ちっぱなしの広々とした空間で、展覧会のほか音楽ライブや演劇、上映イベント、アートフェアなど、多様な芸術文化活動を展開する場所です。小川さんは発表の最後に今後の活動(ぜひNEW公式サイトのEVENTページをご覧ください:https://artcenter-new.jp)について紹介し、他組織や企業、行政との協働について話しました。
「横浜を中心に、ほかのスペースや大学と連携した教育プログラムをできないかと考えています。そして、NEWでは企業や行政とのつながりを積極的につくっていきたいと思っています」

ACYフォーラムの関連企画として「Art Center New 見学ツアー」も開催し、小川さんに展示を案内していただきました。グランドオープニング展覧会「NEW Days」にて、アーティストの東野哲史さんによるパフォーマンスの様子。

「NEW Days」の展示は通路側の無料のスペースにも展開。展覧会中に制作過程を見せるアーティストの三田村光土里さん(右)と小川さん(左)
BankART1929
オルタナティブスペースからアトピックサイトへ

BankART1929の細淵太麻紀さん
2004年から20年間、横浜市の文化芸術創造都市施策のもと、さまざまな場所でオルタナティブスペースを運営してきたBankART1929(以下、BankART)。現在は横浜の街中でのプロジェクトや、他地域でのプログラムを進行中。拠点をもたない活動に注目が集まっています。代表の細淵さんは、20年間の歴史を振り返り、今後について話しました。
BankARTの歴史は、今年秋にBankParkが開く旧第一銀行横浜支店と、旧富士銀行を活用するところから始まりました。横浜市における創造都市施策の最終的なミッションとして、都市の活性化が掲げられていました。細淵さんは「文化のための文化事業ではなく、都市政策の事業だったからこそ、やってみようと思いました」と振り返ります。
歴史的な建造物を、現代の生きた文化芸術にふれる場として活用しながら、「公設民営」の新しい可能性を提示したBankART。長い年月のなかで、管理委託や指定管理者制度というかたちではない新しい公と民の関係性をつくりあげてきました。古い建物を活用した主催事業やコーディネート事業を柱に、スクール、カフェ 、パブ、ショップ、コンテンツ出版、スタジオ事業といった日常を支える活動を並行して展開してきました。
横浜市との関係、場所や経済構造などが変わった現在、これまでと同じ構造で活動することはできませんが、基本的な活動理念の部分は変わらないといいます。そして、これからの展開について、「アトピックサイト」という新たなテーマを打ち出しました。
「アトピックは、トピック(固有の場所)の否定型。一つの建物を起点として活動するのではなく、場所を限定しない活動や従来の展覧会・アートプログラムの枠に囚われないようなことにチャレンジしていきたい。すでに複数の場所で始動しつつありますが、それぞれの場所には固有の問題や条件があり、それぞれの場所で活動する人がいます。そういったものとこれまで以上に向き合いながら、複数のプロジェクトを展開していきます」

BankARTの基本的な活動理念
最後に細淵さんから、現在取り組んでいるプロジェクトの紹介がありました。横浜では、みなとみらいエリアやヨコハマポートサイド地区などで、シェアスタジオや街なかでのプロジェクトや展示などに引き続き取り組んでいます。
また全国的には、瀬戸内(香川県)、越後妻有(新潟県)、美郷町(秋田県)などの地域で、さまざまなプロジェクトが進行中です。
ディスカッション
街にひらくを共通項に、協働の可能性を探る
ACYフォーラムは、登壇者と来場者の交流をとおして、新しいアイディアや協働の可能性を生み出すきっかけとなることを目指しています。その一つの工夫として、登壇者への質問や提案、感想などを記入できるコメントカードが事前に来場者へ配られていました。

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後半のディスカッションでは、集まったコメントカードの内容を盛り込みながら、企画・編集者の橋本誠さんをモデレーターに各活動の広がりや協働の可能性について深めていきました。その一部を紹介します。

橋本さん(右)と細淵さん(左)
まず、橋本さんから小川さんにNEWの企画づくりについて聞くと、「吉祥寺のOngoingはほとんど一人でディレクションしていますが、NEWではあえて裏方に徹している」と小川さん。「次の世代の人たちがやりたいことに挑戦できる場所というコンセプト」で、ZINEやグッズの企画も、新しいスタッフが考えているといいます。
そして、ZINE企画についてはこう話しました。
「コピー機から生まれた文化ということで、コピー機メーカーとの協働なども探っているところです。現代アートの場所でもあり、『ZINEの聖地』でもあるというふうになってきたら、また違う発展の仕方をするのではないかと」
来場者から届いたBankParkの運営体制への質問には、「代表企業が竹中公務店で、工藝の部分は『株式会社CRAFTINGJAPAN』、シェアオフィスや企業等の協働のほうは、『グッドルーム株式会社』と連携していく」と倉田さんが答えます。
また、橋本さんからこんな問いかけがありました。
「NEWのグッズコーナーで取り扱う商品のなかにアーティストが既製品に絵付けしたお皿 見方によっては工藝的だなと思いました。小川さんたちの活動は、倉田さんからはどう見えていますか?」
倉田さんは「我々は『伝統工藝』に限定せずに、『日常のちょっといい暮らし』をつくっていくために、さまざまなクリエイティブなものづくりやコンテンツを広く集めて展示や販売ができればと思っています。なので、アート的な要素をどう取り入れていけるかという部分、ぜひご相談したいです。
資源循環のほうも、水平リサイクルだけでなく、別のものに生まれ変わらせる『アップサイクル』の考え方もありますよね。そこにもアートの力が必要になってくるんじゃないかなと思っています」と話します。

小川さん(右)と倉田さん(左)
BankARTへのコメントカードには、「アトピックサイト」というキーワードへの反応が多くありました。
「場所から解放されてフリーになり、実はいろいろな方から『お話ししたい』とお声かけいただいています。一緒にできることを探ろうとしてくださるのはすごくありがたいですね。いろんな分野・方向性で、20年間やってきた知見を生かせればと思っています」と細淵さん。
そして、「BankARTが出版した本も含む横浜で集積した153箱分の書籍を秋田県美郷町に運び込んだというお話がありましたが、今、秋田町でその本が読めるのでしょうか?」という橋本さんからの質問に対しては、こう話しました。
「書籍については、テーマごとにセレクションした本棚をつくり、移動図書館のような形で展開していく予定です。横浜で集積した書籍が巣立ち、いろいろな場所に波及していくようなことができたらと思っています」
この春オープンしたNEW、秋の開業を目指して準備中のBankPark、新しい展開に向かっていくBankART。「スペースや活動が始まってからがまた佳境で、どんどん変わっていく面白さを見られるチャンスでもありますね。参加や協働のタイミングもそれぞれだと思います。今日のこの場も、横のつながりが増える機会になれば」という橋本さんの言葉で締めくくられました。

終了後は、登壇者も来場者も交えて情報交換会が開かれました

各登壇者に直接感想などを伝える場面も
【登壇者プロフィール】
BankPark YOKOHAMA/(株)竹中工務店 倉田 駿
1991年生まれ。2018年名古屋工業大学大学院修了後、㈱竹中工務店に入社。JR大阪駅前の大型開発「グラングリーン大阪」等、都心部での街づくり業務に従事。同社が手掛ける横浜市認定歴史的建造物「旧第一銀行横浜支店」の運営事業(2025年秋開業予定)において、サーキュラーエコノミーをテーマに市民・企業・クリエイターが共創・発信を行う場の企画・運営を担当。
https://bankparkyokohama.jp/
Art Center NEW ディレクター 小川希
2001年武蔵野美術大学映像学科卒業、2003年東京大学大学院学際情報学府入学大学院修士課程修了。武蔵野美術大学非常勤講師(2011~)、成蹊大学非常勤講師(2022~)。2008年1月に東京吉祥寺に芸術複合施設 Art Center Ongoingを設立。文化庁新進芸術家海外研修制度にてウィーンに滞在(2021年-2022年)。中央線沿線周辺を舞台に展開する地域密着型アートプロジェクトTERATOTERAディレクター(2009年-2020年)、レター/アート/プロジェクト「とどく」ディレクター(2020年-2022年)など多くのプロジェクトを手掛ける。令和6年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
https://artcenter-new.jp/
BankART1929代表 細淵太麻紀
BankART1929代表/アーティスト。埼玉県川越市生まれ、横浜在住。多摩美術大学にてグラフィックデザインと写真を学んだ後、1996年より美術・建築ユニット「PHスタジオ」に参加し、国内外のギャラリーや美術館での展示、野外プロジェクト、コミッションワーク、建築設計など多数手がける。2004年、横浜市の歴史的建造物等を文化活動に活用するBankART1929の立ち上げに参画し、以降企画運営全般に携わる。2022年4月より現職。
https://bankart1929.com/
橋本誠(企画・編集者/ノマドプロダクション 代表理事)
1981年東京都生まれ。横浜国立大学卒業後、東京文化発信プロジェクト室を経て2014年にノマドプロダクション、2023年に合同会社生活と表現を設立。多様化する芸術文化活動と現代社会をつなぐ企画・編集等に携わる。主な企画に都市との対話(BankART StudioNYK/2007)、KOTOBUKIクリエイティブアクション(横浜・寿町/2008~)など。秋田市文化創造館 プログラム・ディレクター(2020〜2021)。編著に『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』(千十一編集室/2021)。
【イベント概要】
日程:2025年7月11日(金) フォーラム15:30-17:00/情報交換会17:00-17:45
会場:BUKATSUDO(横浜市西区みなとみらい2丁目2番1号ランドマークプラザ地下1階)
参加者数:49人
主催:アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
令和6年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業