2019-02-16 コラム
#パフォーミングアーツ #助成

多層的な言葉を聞いて欲しい――演出家・川口智子が語る4.48サイコシスのオペラ上演

戯曲のテキストとの出会いから、複数年にわたって演劇作品を立ち上げる演出家の川口智子さん。フランスの劇作家、サミュエル・ベケットの上演シリーズや、イギリスの劇作家、サラ・ケイン『洗い清められ』の連続上演「Cleansed Project」企画・演出、公共ホールとの創作など幅広く演出活動を展開してきたアーティストだ。

そんな川口さんが今取り組んでいるのが、サラ・ケインの遺作『4.48サイコシス』をオペラ上演する構想である。どのような作品をつくり上げようとしているのだろう? 2020年2月に発表を予定する本作について、お話を聞いた。

 

 

現代社会のなかで失われゆく、“多層的な言葉”を提示する舞台

 

演出家としての活動を2008年からスタートした川口智子さんは、サミュエル・ベケット、サラ・ケインの戯曲をはじめとした複数の上演プロジェクトを立ち上げてきた演出家だ。母校の東京学芸大学では非常勤講師も務める。精力的な活動が評価を得て、2018年度の創造都市横浜における若手芸術家育成助成「クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」フェローシップ・アーティストの一人に選ばれた。

2010年からスタートした「Cleansed Project」では4つの異なる上演をつくり上げた川口さんが、次に選んだ戯曲が同作家の『4.48サイコシス』である。1971年生まれのサラ・ケインは『4.48サイコシス』の執筆後、1999年、28歳の若さで、うつ病による自死で他界した。今年、没後20年となる。生々しい暴力や性を描写した作品や、テキストの解体へと向かった作品など5作を発表しており、日本でも何人もの演出家が上演に挑んできた。

明確なストーリーはなく、複数の引用や、精神病患者のモノローグ、精神科医と患者のものと思われるダイアローグなどから成る、24の断章で構成される『4.48サイコシス』。この戯曲をオペラにすると、どんな作品になるのだろう?

川口さんはオペラ化に至るプロセスの一環として、2018年の2月と12月に横浜の「若葉町ウォーフ」でリーディング公演を上演している(12月には仙台「アートスペース・リュミエール」でも上演、2019年4月北九州「枝光本町商店街アイアンシアター」で上演予定)。若葉町ウォーフは川口さんにとって、自身がアーティスティック・アソシエイトとして運営に関わるホームのような場所だ。今回のインタビューも同会場で、『4.48サイコシス』本公演へ向けた構想をお聞きした。

©遠藤晶

 

4.48 PSYCHOSIS 2018-2020
2018年12月25日 (火) ~27日 (木)
会場:若葉町ウォーフ

作:サラ・ケイン/訳:谷岡健彦/演出・美術:川口智子/ドラマターグ:ニーナ・ケイン
出演:滝本直子/声の出演:ドルニオク綾乃

 

 

なぜ『4.48サイコシス』をオペラにするのか?

 

――そもそも『4.48サイコシス』をオペラにして上演するアイデアは、どのように生まれたのですか?

『4.48サイコシス』は5年以上前から長い時間をかけて読みすぎていて、はじめに何を思ったかをすっかり忘れていたのですが、リーディング公演の機会にいろんな人と話して思い出すことができました(笑)。私はこの作品を音楽的に感じて、歌詞カードのように読んでいたんです。24の断章は一曲一曲に分かれていて、一枚のCDを聞くような演劇をつくりたいと思っていました。それでオペラの発想が出てきたんです。

今回の公演は、一種の“サウンドドラマ”になることを目指しています。“聞く劇”をつくることがテーマですね。言葉を聞く行為は、今や劇場のなかでもおろそかになっているのではないかと感じています。

 

――サウンドドラマとして、言葉を音楽にのせる狙いを教えてください。

音楽にしたら、言葉を聞いてもらえるのではないかという思いがありました。例えばJ-POPでは、言葉だけ読むよりも音楽と一緒に聞くことで詞も入ってきますよね。オペラの場合はまたそれとは違っていて、ひとつの言葉が繰り返されることも多いです。いずれにしても音楽と一緒に言葉が入ってくることで、演劇を観ているときよりも言葉の受容度は上がるのではないかと考えています。

お客さんにストーリーを見せている演劇が多くありますが、私が見せたいものはストーリーではなく言葉です。演出してきたベケットもサラ・ケインも設定はあるかもしれませんが、ストーリーと言えるものはありません。演劇で見せたいものがストーリーではないという考えは、昔からありますね。

 

 

――2018年は3回にわたって『4.48サイコシス』のリーディング公演をされています。オペラ公演の前にリーディング公演のプロセスを踏むことには、どのような意味がありましたか?

何度でも同じテキストを読み直し、取り組むことにこそ、演出家としての面白さがあると思っています。私の場合は一つの作品をつくるのに3年ぐらいかかるタイプなので、主題に対し何度もアプローチをしていくのは当たり前のことでもあります。

同時に、創作のプロセスをいかに共有するかという視点もありますね。基本的には出来上がった作品を見て面白いと思ってもらえればいいのですが、アーティストに求められる役割が、時代に応じて変わってきているとも感じていて。昔は孤高の天才で良かったかもしれませんが、どうしてこの表現を持ち出すのかも含め、語っていくことが求められているのではないでしょうか。

――『4.48サイコシス』への取組みで大事にしている「言葉を聞く行為」について、もう少しお聞きしたいと思います。リーディング公演は、川口さんの言葉への思いが直接的に反映された場のように感じました。川口さんはなぜ今、「言葉を聞く」ことに向き合っているのでしょうか?

戯曲の言葉には、その後ろに何層ものイメージや意味、言葉にはできない背景が多層的にあります。それが本来の言葉の在り方ではないでしょうか。でも日常では、そういう風に言葉を使っていると話が通じない。そのため言葉が一義的なものになっていく傾向があると思うんです。特にLINEやTwitterで用いられる短い言葉が蔓延する現代では、多層的な意味をもつ言葉がどんどん失われていると感じます。

一方で劇の言葉は、聞くのが大変で、理解するのが難しい。私にとって演劇の面白さは、本当に「言葉」なんですよね。演劇の場合、分からない言葉があったとしても、そこに身体や空間、映像や音楽が入ってくることで、語ることができない言葉の多層性が出現してくる可能性があります。戯曲を読み込むとき、そこが一番面白いと思っていて。演出をするときは、書かれた言葉を、何重にも読むことができる可能性にこだわっています。舞台のうえでは、多層的な言葉があることを見せたいと考えています。

 

 

新しいオペラを――川口智子の演出手法とは?

 

――『4.48サイコシス』はオペラとして演出されますが、前作の「Cleansed Project」はダンスとして演出をされていますよね。発想がとてもユニークですが、これらはみな“演劇”なのでしょうか。

ダンスをつくるときもオペラをつくるときも、私が振付けしたり作曲したりするわけではありませんが、それをディレクションしていく感覚は演劇をつくっているときと一切変わりません。これだけ上演芸術のジャンルが分かれてしまったのは最近のことで、もとはすべてつながっていたと思うんですよ。日本でも、例えば講談など昔の言葉の芸術は、節回しをもっていて気持ちのよいリズムがありました。それが現代演劇になると言葉だけになり、リズミカルな節がなくなったというだけで。

たとえば英語や広東語では、意味で言い回し(トーン)がほぼ決定されていますよね。それに比べると日本語はどう発語してもいい自由度の高い言語です。淡泊な現代口語として日本語を扱うのではなく、もう少し音楽的に取り組んでみたいという発想は、日本語の本来の在り方を見ると自然なことだと思っています。

clenased project03 ©青木司

cleansed project04 ©青木司

 

――創作のプロセスでは、音楽と言葉をどのように合わせていきますか?

作曲は、何回か作品づくりをご一緒している音楽家の鈴木光介さんが担当します。今回は台詞と一緒に、“感情”と“関係性”をお渡しすることにしました。『4.48サイコシス』のリーディングでは、ドラマトゥルクのニーナ・ケインと一緒にテキストに書かれていることを読みほどく作業をしてきました。各テキストの引用やメタファー、何が起こって精神がどういう状況にあるのか、どういうエネルギーが流れているのか、その“状態”みたいなものがベースになります。

今回出演者は歌手、ダンサー、俳優で構成し、5人になる予定です。その台詞割りも、“状態”と合わせて渡し、作曲してもらう予定です。鈴木さんなら、感情を単純にエモーショナルなものに置き換えるのではなく、おそらくロジカルに置き換えていくだろうと思うんです。鈴木さんとの創作プロセスは、いつも出てくるものが私の想定とまったく違うので「そうきたか」とビックリするのですが(笑)、そこからお互いにパンチを繰り出すようにつくっていきます。本番の音楽は、打ち込みと生演奏の予定です。鈴木光介の一人オーケストラになると思う(笑)。

――まったく新しいオペラですね。稽古のプロセスについてはいかがですか。

最近はレジデンスをしながら作品をつくることが多いのですが、その方が圧倒的に作品の質が上がるんですよね。満員電車で移動しながらつくる作品には、やっぱりちょっと限界があるので。これから夏と冬、そして公演前にそれぞれ2週間ずつぐらい缶詰になってつくる予定です。夏は音楽と台詞のパート、冬はダンスと芝居のパート、そして最後に全部合わせて稽古する流れになると思います。

 

――川口さんはベケットとサラ・ケイン、それぞれ5~8年近く複数の作品の上演に取り組んでいらっしゃいます。ひとりの作家を掘り下げる演出手法について、お聞きしたいと思います。

劇作家が戯曲を書くためにかけている時間を、味わいたいのかもしれません。新しい世界の切り取り方や、新しい演劇の形を、作家も模索しながら書いていると思うんです。作品は長い時間をかけてつくられているものだから、例えば3か月ぐらいで読みほどけるとはなかなか思えないですし。だからこそ、今生きている作家が書いた言葉に出会いたいとも思います。

――2018年の秋には、多和田葉子さんの『動物たちのバベル』をくにたち市芸術小ホールで演出されていますね。

私がもともと多和田さんの作品が好きで、講師をしている大学の自主ゼミで、学生と多和田さんのテキストを習作として上演しました。多和田さんの出身地である国立市のホールの方が、多和田さんの企画を考えていて、そういった関わりがあることを知り、声をかけてくださいました。

そのときにも、今生きている人が書いた戯曲の面白さ、作家さんが稽古場に居てくれる面白さを強く感じましたね。

動物たちのバベル くにたち市民芸術小ホール

 

――今回クリエイティブ・チルドレン・フェローシップを取得したことは、ご自身の活動にとってどのようなチャレンジにつながっていますか?

今まで演出家として、自分がやりたいことを自分のペースでやってきました。ですが演出をはじめてちょうど10年ぐらいが経ち、自分自身も変わらなければならない時期であると感じています。やりたいことをやっているだけでは、演出家であることにはならないというか。私がどういう演出家であるかを伝え、知っていただいたうえで、自分の作品を発表していく必要があると感じていて。すこし考え方が変わってきた時期に、フェローシップを取得することができました。

横浜にウォーフができてから、拠点が横浜に移ってきていることもあり、これまでつながっていなかった方々にお会いする機会も増えています。そういった方たちからいただくフィードバックも、新鮮に感じることが多いですね。去年は韓国のPAMS(Performing Arts Market in Seoul)に参加して、そこから新しい出会いが生まれ、リサーチやワークショップの機会につながりました。新しく出会った方々とどんどん活動が広がっていくのは、本当に大きな経験になっています。フェローシップが直接的なきっかけかどうかは分かりませんが、このように横浜でもアジアでも、演出家としての活動に新たなつながりが生まれている実感がありますね。

取材・文:及位友美(voids
写真:森本聡(カラーコーディネーション)

 

【アーティスト・プロフィール】
川口智子(かわぐち・ともこ)

1983年生まれ。東京学芸大学大学院修了。劇作家・演出家の佐藤信に師事。2008年よりサミュエル・ベケットの新訳上演シリーズ「beckett café」で演出活動を開始。自身のプロジェクトとして2010年よりサラ・ケイン『洗い清められ』(訳:近藤弘幸)の連続上演“Cleansed Project”を企画・演出し、4つの異なる上演をつくり上げた。2014年より“Cleansed”に続く最終章としてケインが未発表のままにした幻の作品“Viva Death”を、不在のテキストとして上演する企画を開始。『#1天使ソナタ』(NPO法人ジャパン・コンテンポラリー・ダンス・ネットワーク「踊りに行くぜ!!」2、2015年)、『#2戀鳥歌―LUEN NUI GOH―』(主催:JCDN、協力:香港シティ・コンテンポラリー・ダンス・カンパニー、2017年)を発表。2013年~2017年、香港のドキュメンタリー映画監督・卓翔とともに「絶対的」プロジェクトを開始。東京と香港のアーティストの交流の場を開き、多言語による『絶対飛行機』(作:佐藤信)を上演。2018年より、サラ・ケインの遺作『4.48 PSYCHOSIS』上演に取り組む。イギリスのサラ・ケイン研究者、ニーナ・ケイン(キャスト・オフ・ドラマ芸術監督)をドラマターグに迎え、サラ・ケイン没後20年にあたる2019年に本公演、国内外でのツアーを予定。東京学芸大学非常勤講師。横浜の小さなアートセンター若葉町ウォーフ アーティスティック・アソシエイト。2018年横浜市クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ採択。

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